第26話 顔合わせ
湖への移住を希望するドラゴンと、その土地の領主であるドイル様が初顔合わせをする運びとなった。
相手は人間の言葉を理解し、会話ができる上になかなか賢そうなドラゴン。俺と話をしている時も落ち着いた様子で物腰も柔らかく、丁寧な物言いだった……あれが演技とは思えないのだが、念には念を入れた方がいい。
油断することなく、いつでも戦闘状態へ移行できるようにしておかなくては。
警戒心を強めつつ、俺は湖へ戻るとまずここまでの流れをざっくりドラゴンへ説明していった。
「それはありがたい。仲介役をしてもらって感謝するぞ」
「これくらいなんでもないさ。それより、領主様をこちらへ連れて来るよ」
「頼む」
本当に紳士そのものだな、このドラゴンは。
――そういえば、
「ひとつ聞き忘れていたことがあった」
「うん? なんじゃ?」
「あんたの名前だよ」
いつまでもドラゴン呼びでは何かと不便だからな。ただ、ドラゴンに個を区別するために名前をつけるって風習がなければ意味ないけど。
どう答えるのか待っていたら、
「ワシの名前はアスレティカじゃ」
「アスレティカ……覚えたよ」
ドラゴンにも名前があるのだな。
まあ、アスレティカのように言葉が話せるくらい知能の発達したドラゴンならば、そう考えても不思議じゃないか。
俺たちはアスレティカに少し待つよう告げてから、離れた位置で待機しているドイル様たちに途中経過を報告。安全だと判断をした俺の言葉を受けて、ついにドイル様が動きだした。
「見慣れた湖のはずだが……驚いた。ドラゴンがいるだけで随分と景色の印象が変わるものだな」
生まれて初めて目の当たりにする本物のドラゴンを前に、さすがのドイル様も顔が引きつっている。俺が事前に話し合い、襲ってくる確率は極めて低いと言っておいたが、さすがにこの巨体と鋭い爪牙を前にしては進む足も重くなるようだ。
――だが、
「お主が領主殿か?」
「ああ、ドイル・トライオンだ」
会話になると、いつもの調子を取り戻す。
この辺はさすが領主といったところか。
あの年齢ならばそれほど場数を踏んでいるとは思えないが……血筋もあるのか、実に堂々としている。本番に強いタイプなのか。
「すでにそちらの騎士から話がいっておるかもしれぬが、ワシはこの湖が気に入ってな。しばらく厄介になりたい。もちろん、誰にも危害を加えるつもりはない」
「分かりました。構いませんよ」
ドイル様はあっさりと滞在を認める。
これには俺たちだけじゃなく、申し出たドラゴンの方も驚いていた。
「自分からこんなことをお願いしておいて言うのもなんじゃが……本当によいのか?」
「もちろん。あなたはいい人――いや、いいドラゴンのようだし」
いつもの調子でそう答えるドイル様。
……そういえば、俺がこのアボット地方へ来て最初に挨拶へ訪れた際も、似たようなリアクションだったな。王都で問題を起こして左遷されてきた聖騎士なんて、普通ならすぐにでも追い返したくなるような相手なのに、すんなりと受け入れてくれた。今では感謝しかないが、当時は割とビックリさせられたよ。
今回もまた同じ現象が起きている。
たとえ相手がドラゴンであったとしても、自分が「いい」と認めた相手ならばあっさりOKを出すのだ。
「感謝するぞ」
「どういたしまして。ドラゴンに気に入ってもらえるほどの湖がある領地なら、領主である僕としても鼻が高い。領民にはこちらから報告を――」
「領主様ぁ!」
話の途中で、ガナス村長や村人たちが湖へと駆け込んできた。
どうやら、みんなドイル様が心配だったらしい。
「これはちょうどいい。アスレティカの前でみんなに伝えておかなくちゃ」
そう言って、混乱する村人たちを落ち着かせると、ドラゴンがこの湖に住む許可を出したことを告げた。最初は大騒ぎだったけど、次第に「ドイル様がお認めになるなら」と自然に収まっていく。本当に凄い人徳だな。
「賢いドラゴンが住む湖……先輩、これ観光地として売りだせませんかね?」
「やめた方がいいだろうな。アスレティカは穏やかで優しそうな性格をしているが、ああいうドラゴンは激レアだ。世界的に見れば、ドラゴンはやはり畏怖の対象だと思っている者が大多数を占める。第一、見世物とするのは可哀想だよ」
「やっぱりそうですよねぇ……」
エリナは反省し、しょんぼりと頭を下げた。
観光資源にはならないだろうが、アスレティカの滞在が俺や村人たちにとってもいい効果をもたらすのではないか――根拠は何もないが、なんとなくそう感じるのだった。
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