第16話 朝の農作業

 新しくなった駐在所はまさに快適のひと言に尽きる。

 大規模な改修工事を行ったわけじゃなく、家具を変えたり徹底的に掃除をしたくらいなのだが、それでも見違える変身ぶりであった。これもすべては村人の協力があってこそ……本当に感謝しかないよ。

 その優しさに応えるためにも、俺たちは村の平和を守らなくてはならない。


 ――とはいえ、はぐれ魔狼のような存在でもいない限り、この村がモンスターやら悪党に目をつけられる事態にはならず、平和そのものという時間がゆっくりと流れている。


 そこで、俺たちはできる範囲でもっと村の人たちのためになるようなことをしようと話し合い、結果としてたどり着いたのが――


「おぉ! これはなかなか大きいんじゃないですか?」

「いいねぇ! さすがは騎士殿だ!」


 村の農業の手伝いであった。

 これまで畑仕事の経験はなかったのではじめのうちは悪戦苦闘していたが、次第にやるべき手順を覚え、慣れてきた。村の人たちの助けにもなるし、俺としても普段あまり鍛えていない部分に負荷がかかって強化できるというおまけまでついてきた。


 これはエリナにも当てはまる。

 彼女は体を鍛えることが好きで、トレーニングが半ば趣味みたいなものだと語っていた。普通の騎士なら音を上げるような厳しい鍛錬も楽しそうにこなしていた。父親であるベローズ副騎士団長によって幼い頃から騎士として英才教育を受けてきたらしいが、その成果がいかんなく発揮されているな。


 父親と言えば……あのハンクの父親も騎士団では幹部に数えられる人物だ。

 こちらも幼い頃から道場へ通わせるようなことはせず、専門の指南役を雇っていたって聞いている。


 俺としてはロレント師匠のもとで剣を学べた過去を誇りに思っているので、特に何も感じはしなかったが、ハンクはやたらとそれを話題にだしてマウントを取ろうとしていたな。


 出世を狙う者は父親が騎士団の幹部であるハンクに言い返せず、常にご機嫌取りをしていたっけ。家柄がしっかりしていない者は特にその傾向が顕著に見られた。それでも俺を含めた一部の者はハンクになびくことはなかったけど。


「先輩? どうしました? 疲れちゃいましたか?」

「っ! い、いや、なんでもないよ」


 あと片づけの途中でボーッと考えごとをしていたら、心配したエリナに声をかけられた。

 ……そういえば、エリナってハンクの部隊に転属するって話になってなかったっけ?

 でも、彼女はこうしてカーティス村にいる。

 間違いなく、副騎士団長の手引きだろう。

 

「それならいいのですけど……無理は禁物ですよ?」

「俺たちは騎士なんだから、多少の無茶はむしろどんとこいだよ」


 笑顔で答え、エリナを安心させる。

 俺の狙い通り、彼女はホッと息をついてから村の子どもたちの方へと歩いていった。いつの間にか子どもにまで懐かれているとは……相変わらずのコミュニケーション能力だ。


「凄いねぇ。最近は土まみれになる畑仕事を嫌がる若い子が多いけど、あの子は率先して手伝ってくれるし、それを見た他の子が感化されて手伝ってくれようになる……まるで女神様のようだよ」

「ははは、それはさすがに褒めすぎですよ」


 老若男女問わず、すっかり村の人気者となったエリナ。

 彼女は間違いなく、近い将来、騎士団の中心人物となる。もしかしたら、王国騎士団誕生以来史上初となる女性騎士団長なんてのもあり得るかもな。


「さて、と……道具をしまったら見回りに行こうか、リンデル」

「わん!」


 朝の農作業を終えると、今度は騎士としての仕事へ。

 ……いや、まあ、これも大事なことではあるんだけど、やっぱり騎士の本分は戦闘にあると思う。

 とりあえず、子どもたちに囲まれているエリナに声をかけて――と、何やら様子がおかしいな。エリナは困ったような顔つきをしている。


 何かトラブル発生か?






※本日も18:00と21:00にも投稿予定!

※しばらくはこれくらいの投稿ペースになります!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る