第15話【幕間】ドイルとエリナ

 ジャスティンが村人たちと駐在所の修繕を行っている頃――トライオン家を訪れたエリナはメイド長・マリエッタの案内で当主であるドイル・トライオンの執務室へと通された。


「君がエリナ・ベローズだね。話はすでに聞いているよ」

「は、はい。よろしくお願いします」


 エリナは一瞬目を疑った。

 トライオン家の名前は以前から知っていたが公の場で顔を合わせたことはなく、知っている情報としては領地が辺境で当主が若いというくらいだった。


 しかし、当主の若さに関しては事前に想定していた年齢よりもひと回り以上年下だった。少なくとも自分よりはずっと年上なのだと考えていたが、どう見ても十代半ばほどの少年なのである。これにはさすがのエリナも驚いてなかなか言葉を発せられないくらい混乱した。


「どうかしたかな?」

「あっ、い、いえ、御若い領主様だなと思いまして……」

「あはは、よく言われるよ」


 ドイルのにこやかな笑顔には、まだひと握りほどの幼さを感じた。本来ならばまだ領主という立場につく年齢ではないのだろうが、そこはやむにやまれぬ事情というものがある――貴族ではないが、この手の事情については平民以上に詳しいエリナはすぐに悟り、それ以上の追及はしなかった。


「それにしても、ベローズ副騎士団長とは随分と大胆な人なんだね。聖騎士であるジャスティンのフォロー役として将来有望な自分の娘を送ってくるなんて」

「確かにアボット地方への転勤は父からの命令ですが、仮にそれがなかったとしても、私はこの地への赴任を希望したはずです」


 真っ直ぐにドイルを見つめたまま、エリナはそう告げた。

 彼女の真摯な眼差しを受けたドイル。

 だが、笑顔を絶やすことなく続ける。


「よほど彼を信頼しているようだね」

「隊長には騎士としてのイロハを教えていただきました。聡明で部下思いで……例の横領事件だって、本当は別に犯人がいると今でも信じています」

「うん。それについては僕も同感だ」

「えっ?」


 予想外の賛同に、エリナの口から間の抜けた声が漏れでる。


「はじめて彼と顔を合わせてからずっと疑問に思っていたんだ……なぜ彼は横領事件なんて起こしたのだろうって。とてもそんなことをするような人に見えなかったからね」

「そ、そうなんです! 先輩はそんな――」


 自分と同じようにジャスティンの無実を信じている、いわば同志と巡り合ったエリナは興奮気味に語りだすが、すぐに相手が貴族であると思い出して身を引く。


「し、失礼いたしました」

「構わないよ。それほど熱心に彼の無実を訴える部下がいると知ったことで、僕のこの疑惑も確信にグッと近づいたからね」

「ドイル様……」

 

 話の分かる領主でエリナはホッとする――が、そのドイルの表情が急に暗くなった。


「残念なのは、僕から彼に何もしてあげられないことかな。貴族ではあるけど、トライオン家の立場は他に比べてずっと弱い。僕ひとりが訴えかける声明をだしたところで何も変わりはしないだろう」


 ドイルの視線は部屋に飾られている一枚の肖像画へと注がれる。

 描かれているのは恰幅の良い老紳士。

 

「せめて、父上が御存命ならば……」


 肖像画の人物はドイルの父親――つまり、先代のトライオン家当主であった。その先代の頃からトライオン家は貴族としての力は弱かったものの、大変な切れ者として知られた存在であり、注目していた者も多かったという。


 だが、そんな先代領主は病により急逝。

 ドイルは父親からすべてを教わる前に領主として表舞台に立たなくてはならなくなった。

 突然の代替わりで、尚且つドイルの年齢がかなり若かったことからトライオン家を軽視する声が多く聞かれた。


 もし先代領主が生きていれば、ジャスティンの件を不審に思って独自のルートを駆使し、真相へ近づこうとするだろう。彼を気に入ったドイルもまた同じようにしたいと考えてはいるのだが、いかんせん伝手も少なく、行動に限界があった。


 苦しい胸中を打ち明けられず、苦悶するドイルであったが、


「大丈夫ですよ、ドイル様」


 そんな不安を根こそぎ払拭するように、エリナは明るい声で告げる。


「ジャスティン先輩はこれくらいではめげませんから。今だって、カーティス村の人たちと楽しそうにしていましたし……何より、王都に残った他の騎士団メンバーもこのままでいいとは思っていませんから」

「そ、そうなのかい?」

「えぇ。もう少し待っていてください。じきに動きがあるはずですから」


 どうやら、エリナには何か秘策があるらしい。

 

「君が来てくれてよかったよ」

「どういたしまして」


 ドイルとエリナは握手を交わし、このまま一緒にカーティス村へと向かうことになったのだった。

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