第14話 生まれ変わる駐在所

 エリナが合流した翌日。

 まずは領主に挨拶をしてくると、彼女は朝早くからトライオン家の屋敷へ向けて出発。

 手伝っていた朝の農作業がひと段落つくと、俺は駐在所に戻ってとある懸案事項について考えを巡らせる。


「もうひとつ部屋を用意しないとな」


 活動拠点と呼んでいい駐在所は二階建て。

 生活スペースはその二階部分――ちなみに部屋は全部で四つある。

 ひと部屋は倉庫代わりに利用しているため、人が住めるような状況ではない。俺の部屋でもうひとつ埋まっているため、残りはあとふたつとなる。

 どちらも元々は客室として用意されていたらしく、すでにベッドは用意されていた。かなり痛んではいるが、村の人たちは「声をかけてくれたらいつでも修復するよ」と言ってくれたので、今回はその言葉に甘えようかと思っている。


 ちなみに、昨日は突然の赴任ということもあって部屋の片づけがほとんどできおらず、エリナには俺が使っているベッドで寝てもらい、こっちは一階のソファで夜を過ごした。

 エリナは一緒に寝ようと気を遣ってくれたが、さすがにそれはまずいので丁重にお断りをしておく。


 と、いうわけで、村人にベッドの修繕を依頼。

 すると、その情報があっという間にカーティス村中に知れ渡り、次々と村人が駐在所の前に集まってきた。これが田舎の情報網ってヤツか。


 男性はこれを機会にベッドだけでなく床と壁の強化や家具の新調を提案。さらに女性陣は駐在所の掃除をしようと準備に取りかかっていた。

 もちろん、俺もそれに参加する。


 ――だが、これがなかなかの重労働。

 新しい家具を作るのに必要な木材を調達するため、複数の村人とともに森へと向かったのだが……木々の伐採というのがこれほど疲れるとは思ってもみなかった。以前からキツい仕事だろうなという印象を抱いていたが、実際に自分が参加してみてその大変さが身に染みて理解できたよ。


 正直、普段から鍛錬を積み重ねているので体力には自信があった。

 それでもここまでヘトヘトになるのだから本職としている人たちには頭が下がる。


 たくさんの木材を荷台に積み込み、それを牛に引っ張ってもらって駐在所へと帰還。

 すでに村の女性たちによって掃除は着々と進められていた。

 白く濁っていた窓はピカピカになり、隅々の汚れは綺麗サッパリ。ついには花壇や家庭菜園用の小規模な畑まで手掛けられていた。


「若者の食生活っていうのはとにかく乱れがちだからねぇ。ここで好きな野菜を育てるといいよ」

「種が欲しかったら言って頂戴。村にある物なら分けてあげるわ」

「何から何まで、本当にありがとうございます」


 気前がいいというか、なんというか……ここまでやってもらえて本当に助かるよ。

 その後、手に入れた木材を使っての家具作りが開始された。

 ガナン村長曰く、この村の各家庭で使用されている家具の大半はこうして手作りされた物らしい。どうりで職人でないのに手際がいいわけだ。


 途中で昼食休憩を挟みつつ、作業を進めていくと――


「せんぱーい!」


 エリナがトライオン家への挨拶を終えて戻ってきた。

 振り返ると、そこにいたのはエリナだけでなく、数台の馬車が……どうやら、また領主自ら視察に来たようだな。

 馬車からおりてきたドイル様のもとへと向かい、深々と頭を下げる。


「ドイル様、今日はどうされました?」

「仕事も順調に片付いたから村の様子を見に来ようかなって」


 相変わらず自由な人だ。

 しかし、領民に対する思いは間違いなく国でも随一だろう。


 その証拠に、ドイル様が来訪されたと知った子どもたちがどこからともなく集まってきて、あっという間に彼の周りを取り囲んだ。


「みんな元気そうで何よりだよ」

「この前会ったばかりじゃないですか!」

「はっはっはっ、それもそうか」


 いつ見ても、領主と領民の会話とは思えないな。

 俺がこれまで接してきた貴族はあんな風に柔和な笑顔を領民に見せたりはしない。領民どころか、家族にさえあったかどうか……王都近くの貴族たちは常に権力争いの渦中にいるようなものだからな。たとえ自分の屋敷であっても気を抜くわけにはいかない。どこにスパイが潜んでいるか――それこそ、家族内での裏切りだってあるくらいだからな。


 初めて見た時は面食らったけど、本来はこれくらいの関係性は築いていた方がいいのではないかと感じるようになっていた。さすがになれ合いも過ぎると危険になるが、ドイル様も領民たちも、その辺は弁えているっぽいし。


 後ろに控えている執事のブラーフさんも動きだす気配はない。

 ちゃんと信頼関係が築かれているって証拠だな。


「わっ!? 駐在所が凄く綺麗になってる!?」


 ドイル様と子どもたちの微笑ましいシーンを眺めていたら、すぐ真横からエリナの叫ぶ声がした。

 そうだった。

 新しくなった駐在所についても話をしておかないと。


 ちなみに、村の男性たちは「完成祝いにパーッと飲み明かすかぁ!」と宴会の相談をしていた。

 ……また飲むのか?

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