第8話 初めてのトラブル

「ど、どうしましたか!?」


 非常事態が発生したと悟った俺は大慌てで男性へと駆け寄る。

 

「と、とにかく、うちの牧場へ来てくれ」


 彼は牧場主だったか。

 まだ村人の顔と名前が一致しないんだよなぁ……仕事をスムーズに進めるためにも早いところ覚えておきたい。

 俺を呼びに来た男性はサントスさんという名前で、乳牛の世話をしている。今日も牛舎から牛たちを出して放牧させていたようだが、しばらくして牛の数が足りないことに気づいたらしい。それで辺りを見回っていたら――


「ここの柵がまた壊されていたんだよ」

「こいつはひどい……」


 牛たちが脱走しないように設けられた策の一部は大きく破損していた。


「応急処置をしておいたが、これだとまたすぐに逃げだす牛も出てくる。だから、もっと強化をしておきたいんだけど……」

「分かりました。――って、また?」


 ということは、これが初めての被害というわけじゃないのか。

 

「ここ数日の間に何度かやられているんだよ」

「犯人に心当たりは?」

「まったくないね。ただこれだけは言える……人の手によって壊されたわけじゃねぇ。ここの傷を見てくれ。こいつは相当鋭い爪で引っかかれた跡だ」

「確かに……」

 となると、犯人はモンスターか?

 まあ、これだけでは何とも言えないので、とりあえず目の前の仕事をこなすとするか。


「では、逃げた牛は俺が探しにいってきます」

「い、いいのかい!?」

「これも仕事ですから。それに、このような傷をつけられる相手が人間でないのなら、騎士である俺の方がいざという時に対応できるでしょうし」


 正直、本当にそれを仕事と言い切っていいのか疑問は生まれるけど、困っている人を放ってはおけない。それに、迷子となった乳牛を探すくらいなら危険性もないだろうし。問題はどこへ逃げたのかまったく見当がつかないことだ。


「なら、こいつを連れていってくれ。牛探しにもきっと役に立つはずだし、用心棒の役割もこなしてくれるはずだ」


 そう言ってサントスさんが連れてきたのは、可愛らしい赤い毛並みをした犬だった。


「赤い毛とは珍しいですね」

「実は騎士さんが来る一ヶ月くらい前に、そこの森の近くで倒れていたのを保護したんだ。これがなかなかに賢くてな。あっという間に牧場での仕事を覚えたから、牛たちの世話を手伝ってもらっているんだ」

「名前は決めているんですか?」

「うちじゃリンデルと呼んでいるよ」

 

 リンデル、か。

 なかなか強そうな名前じゃないか。

 可愛らしい顔に燃え盛る炎のような色をしたもふもふの毛並みとはちょっと似つかわしくないかもしれないが、もうちょっと成長したら凛々しくなるだろうし、その頃にはきっと名前と外見がマッチした名犬になりそうだ。


「よし、リンデル。牛が逃げた方向を教えてくれ」

「ワン!」


 俺の呼びかけにひと吠えして答えると、リンデルは元気よく駆けだしていった。


「それでは、いってきます」

「気をつけてな」


 サントスさんに見送られながら、俺はリンデルのあとを追う。

 

 ――数十分後。


 嗅覚を頼りに牛探しをしていたリンデルは、ある場所でピタリと足を止めた。


「この近くにいるのか?」

「わん!」


 尋ねると、「そうだ」と言わんばかりに吠えるリンデル。

 しかし、ここは……


「森のすぐ近くだな……」


 カーティス村のすぐ近くには広大な森があり、リンデルはそのすぐ近くに牛の気配を感じているようだ。

 とりあえず周囲を調べてみようと、森の近くを歩いていたら、


「おぉ! 本当にいた!」


 リンデルの導きは正しかった。

 俺は牛を驚かせないよう、ゆっくり静かに近づいていく。


「さあ、冒険は終わりだ。サントスさんも心配しているから牧場へ帰ろう」


 言葉は理解できないと分かりつつ、そう語りかけながら距離を詰めていく――と、


「っ!?」


 突如異様な気配を察知して、足が止まった。

 なんだ……?

 森の中に何かいるのか?


「ぐうぅ……」


 リンデルも何かを察知して唸り始めている。

 一体どうなっているんだ?

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