第9話 森に潜むモノ
迷子になった牛を探して森の近くまでやってきたが、俺とリンデルはその森の中から異様な気配を感じ取った。
「何かが近づいてきている……リンデル、俺のそばを離れるなよ」
「わふっ!」
リンデルは敵意をむき出しにしているな。さっきまでサントスさんの言うように大人しくて言うことをきちんと聞ける賢い子だったのだが、今は獰猛な獣そのものって感じだ。
まるで森から迫ってきている謎の存在に対して怒りをあらわにしているような……けど、どうしてリンデルが?
何の答えも得られないまま、とうとう気配の正体が俺とリンデルの前に姿を現す。
「グルル……」
暗い森の奥からゆっくりと出てきたのは――闇色の体毛をした大きな狼だった。
「あれは……魔狼か?」
魔狼。
王都で勤務していた頃、魔狼の群れに襲われて全滅した農村を見た記憶がある。恐らく、こいつだけじゃないはずだ……森の奥には魔狼の仲間がまだ何匹がいるはずだ。
そうなると、ここ最近サントスさんの牧場を襲撃していたというのも、この魔狼なのだろうか。いずれにせよ、村のある近くに出現したとあっては対処しないわけにはいかない。このまま放置しておけば、間違いなくカーティス村は被害に遭う。
「ここで始末させてもらうぞ」
聖剣を構え、迎え撃つ準備を整える。
平和そのものと言えるカーティス村へ転勤になった時はもう剣を振るう機会なんてないだろうなと落胆していたが、まさかこれほど早く予想を裏切られるとは夢にも思っていなかった。
「リンデル、危険だからおまえは下がっていろ」
「ばうっ!」
「あっ! お、おい!」
こちらの制止も聞かず、リンデルは森から出てきた魔狼へと飛びかかっていく。さっきまでの賢さはどこへやら、今はとにかく本能のままに動いているように映った。
……まあ、どのみち戦わなくちゃいけないのだから、仲間が増えることは純粋に頼もしいけど。
「グウッ!」
「がうがう!」
勇ましく戦いを仕掛けるリンデルだが、体格差もあってダメージを与えられていない。
しかし、まったく怯むことなく立ち向かっていくとは。
もしかして元猟犬とか?
――って、悠長にそんなことを考えている場合じゃなかった。
「離れるんだ、リンデル!」
俺は聖剣を手にして、リンデルの前に出る。勇ましい戦いぶりに気を取られて見逃していたが、すでに体は傷だらけだった。なおも前に出ようとするリンデルを止めつつ、標的を俺に変更した魔狼の相手をする。
「悪いが、おまえと同種の群れと前に戦闘済みだ」
あの時はひとりで三十五匹倒した。
それが今回は単独行動……負けるはずがない。
「はあっ!」
「ギャッ!?」
相変わらず素早いが、所詮それだけだ。
あとは鋭い爪牙でダメージを負わせようとしてくるが、その軌道も単調なものですぐに見切れる。おまけに身軽なせいもあって防御力は低い。
俺の一撃を受けた魔狼は真っ黒な煙となって消滅した。
「とりあえず、まずは一匹か」
倒したのを確認すると周囲を注意深く見回す。
魔狼は群れで行動し、さらに小賢しい。
格上の相手には群れでの役立たずを囮にし、勝ったと油断させてから集団で襲うという事例も報告されているので、最後の最後まで油断できないのだ。
剣を収めると、
「くぅん……」
リンデルの弱々しい声が聞こえた。
「お、おい、大丈夫か?」
「わふ」
致命傷とまではいかないが、かなりダメージを受けたようだな。
俺は持っていた薬草を取りだし、魔狼の爪牙によってつけられた傷跡に塗っていく。
「最初は染みて痛むだろうが、すぐに元通りになるはずだ」
「わう……」
「ははは、おまえは賢いな」
痛みがあるとパニックになって噛みついてくるのもいるが、リンデルは本当に賢く、俺が治療していると理解しているようだ。毛色も変わっているし、もしかしたら珍しい犬種なのかもしれないな。一度調べてみるとしよう。
「さあ、牛を連れて帰ろう。おまえの主人もきっと心配しているだろうから」
「わんッ!」
こうして、俺のカーティス村での初仕事は無事に終わった。
正直、王都時代に比べたら歯ごたえは皆無。
物足りなさを感じなくもない。
慣れていくしかないな。
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