九話
「あっぶな……。たすかったよ……!」
思いっきり海棠にかかと落としを決められた私は、運よく下の高速道路を通っていた軽トラの荷台に不時着した。恐らく運転手は今、隕石か何かが衝突したと思って驚いているだろう。
そびえたつビルの狭間からまあるい月が見え隠れする。高速道路の風を生身で浴びるっていうのも、悪くはない。
「……あれでも死なないのか」
海棠の声がどこからか聞こえる。恐らく、軽トラの運転席の上かどこかに立っているのだろう。寝転んでいるのでそこまで首は回せないが、声の方面的に恐らくそこら辺だ。
「背骨くらい折れてそうだけどね……。君強いねぇ。結構有名な魔法使い?」
コミュニケーションを取ろうとするが、返答はない。色々聞きたいことがあるからそうしたんだけど、どうやら話し合いに応じる気は無いらしい。どうしたものかと考えていると、彼の声がした方向から魔力の急上昇を感じる。気づいて、体勢を変えて何とか彼を見た。
「ビームかい?」
彼は自分の指先に魔子を溜めている。それは魔法使いが良く放つ典型的な攻撃魔法で、指先から魔子をビーム状に放つというものだ。
しかし、幾分か装填に時間がかかっているように見える。これなら、今から起き上がっても避けられるだろう。そう思って避ける準備をしていると、彼は唐突にその指先をあらぬ方向へと向けた。
「これなら、どう?」
「――なるほど」
私は、彼の指が指し示す方向へと、全力で移動魔法を用いた。私達は今、おびただしい数のビル群に囲まれている。その状態でビームなんて撃てば、どこかに当たる。人が住んでいる場所に当たれば、簡単に人なんて死ぬ。
彼がビームを放つ。その射線上には何とか移動できた。次は防御魔法を用いて――なんて考えていたが、警報機のメーターを見ると移動魔法で百十アといったところだった。
――使えない。私がそう思った瞬間、鋭い痛みが腹を貫いた。
「おお、本当に守るんだ。さすが、この街の警察官」
警報が鳴っている。私の移動魔法とレーザーでギリギリ二百アを超えてしまったらしい。これだけ超過すると、何枚始末書を書かないといけない事やら……。
「署長に……、顔向けできないね……」
私の体を防壁にして何とかビームが後ろのビル群に当たることは防げた。お腹から背中まで穴は空いたが、そこでぎりぎりビームのエネルギー切れというところだ、危ない。不摂生な生活をしといてよかった。
「じゃあ、今度はこっち……」
「ちっ……!」
次のビームを撃とうと指先を別の場所へ向ける彼へとギリギリまで近づき、魔力の消費を最低限まで抑えて瞬間移動魔法で懐に入る。手荒な真似はしたくなかったが、仕方ない。
「腹に力入れろよ!」
蹴りの準備をしながら足に魔力を込める。そして、そのまま相手の腹に蹴りをぶち込んだ。相手が魔力で防御している間、指先に魔力は溜められない筈だ。
ふと、そこで、自分の足が相手の腹にめり込む瞬間。
海棠の指先には一切魔力が溜まっていないことに気付いた。
しまった。読まれて防がれていたか、と思ったが、私の蹴りは見事にお腹にめり込んでいく。
そしてそこで。
彼の体に魔力なんてもう存在しないことに気が付いた。
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