八話

 高層ビルが立ち並ぶ東京では、町全体が大きく上下に二分される。1つは、煌びやかなこの大都市を見下ろせる富裕層、そしてもう一つは、昼間日光を浴びることも許されない貧民層だ。

 ひしめく高層ビルの根本では、そういった貧民層がスラムを形成している。俺とユキは、そこでもはや誰も管理していない廃ビルを見つけて住んでいた。ここでは法律やルールを破った者を裁く人がいないので、守る人もいない。上の人達が作ったものをひたすらに再利用することで、自分達で自分達の生活を作っていくしか無かった。

「アキ」

「どうしたんだよ」

「あっつい」

「知らね」

 上で何が起きているかなんて知りようも無いが、毎年、急に温度が上がる時期がある。室外機なるものが関係しているらしいんだが、詳しいことは全く分からない。

「冷たいなぁ」

「暑いんじゃないのかよ」

「どっちもだよ」

 六畳の部屋の中で、ユキは無防備な格好で寝転がっていた。こうなるとこいつは手の施しようがない。ほっとくといつまでもダラダラしやがる。ったく。今日もどこかで飯を見つけないといけないっていうのに。

「……魔法使うか?」

「まじ? ……サンキュー」

 一瞬声が上ずったかと思うと、すぐいつもの無気力な声に戻る。これだと、感謝のありがたみもあったもんじゃない。

「……窓閉めるぞ」

「はーい」

「部屋涼しくするんだからお前が飯取って来いよ」

「休んだらねー」

「……ったく」

 部屋全体に温度を下げる魔法をかける。辺りに少しばかり魔子が飛び散るが、俺もユキも魔子への耐性があるため気にならない。

「…………あー、アキの匂いするー」

「やめろよ、それ」

 俺が魔法を使うたびに、ユキはわざわざそれを報告してくる。なんだか、こっぱずかしい。

「あー、温度下がってきたー。天国ー」

 ごろんとして更にはだけるユキから、自然と目が逸れる。別に他意があるわけじゃない。決して。

 ふと、閉めた窓から外を見る。といっても、そこから何かが見える訳じゃない。すぐ隣のアパートの壁があるだけだ。下には、見慣れた地獄があって、上には、見えなくなるまで壁が続いている。その先に何が在るのか、俺は知らない。

 俺には、もともと家族がいた。そりゃそうだ。じゃないと俺が生まれないから。少なくともそう教わっている。

 でも、俺の両親は俺が生まれてからすぐ俺を捨てた。俺には魔法の才能があったから。

 魔法の才能がある者は、自分でコントロールできるまで、無条件で周りに魔子を撒き散らす。そしてそれは、魔法の才能が無い者にとっては毒でしかない。だからこそこのスラム街では、魔法の才能のある者は、大概生まれてすぐ捨てられる。

 そこから生きるか死ぬかは、そいつ次第だ。幸い、生ごみならそこらかしこに捨てられている。まぁそれを食って凌いでも、俺みたいに野垂れ死ぬだろうが。

「ねぇー、ご飯取ってきてー」

「さっきお前がやるっつっただろうが」

 俺とユキの歳は、恐らくさほど変わらない。大体十歳の時に彼女は俺を拾って、そこから四、五年経ったと思う。時々落ちてくるカレンダーってので確認できるから、大雑把にあっているだろう。

 ユキがなぜ今、ここで俺とこうやって過ごしているのか、俺にはよく分からない。俺と同じようにここで生まれてここで育ったのかもしれないとは、思う。

「えー、やってよー。アキ、私のお母さんでしょー?」

 でも、たまに出てくるこういう言葉が。

「……誰がお前のお母さんだよ。自分のことは自分でしろ」

 俺の心を、たまらなくざわつかせるのだった。

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