六話

 署長に話して良かったことは、指定された場所が廃ビルであったため限定的に魔法を使う許可を得られたこと。

 署長に話して悪かったことは、アイとユキとの同行を強制されたことだ。

「こんな場所に呼び出すなんて、いかにもって感じですよねぇ……」

「手当出るらしいですよ。先輩、助かります。ちょうど冷蔵庫買い替えようかと思ってたんです」

「あんたたちねぇ……」

 通信機からアイとユキの声が聞こえる。

 深夜、指定された時間帯に指定された場所で相手を待つ。本音を言うとこういうことに部下を巻き込みたくなかったのだけれど、二人の部下はどうしてかやる気満々のようで、そこは少し助かるところでもあった。

 これは、うちの署が追っているトリスタン関連の大きな事件の一部でもある、と同時に。

 ごくごく個人的な私とアイツの関係の延長線上、という側面もある。

 だからこうやって部下の身を危険に晒すのは気が引ける訳だけれども、上に話を通した段階でこれはもう仕事だ。

 やはり報連相は社会人の基本だなと、改めて実感した。

「……こうやって廃ビルから見てみると、東京も普通の街ですね」

 無線からアイのそんな声が聞こえる。なんだ、いきなりリリシストじゃないかと茶化そうとも思ったが、ガラスの張られてないフレームだけの窓から外を見て、確かにそうかもしれないと感じた。

 せせこましいビル群と、車で溢れている道路。光っていて煌びやかではあるが、そこはどこか実用的で、かつ無機質だ。

 こんな埃っぽいビルも放置されているし、外面は綺麗でも内面は意外と……という奴かもしれない。

「私と真逆ですか」

「自分の内面が綺麗だって思ってるってことも、外面が綺麗じゃないって思ってるってことも腹立つな」

 ユキの軽口を流す。この二人とはなんだかんだでこうやって冗談を言い合える仲なわけで、そういった事情も込めて今回同行してもらった。

 魔法の才能も評価している。前のように荒事を避けられる、なんてことは無さそうだからな。

「たった一人? これはこれはまた、随分な自信のようで」

 後ろから声が聞こえる。それは聞き馴染んだアイツの声では無かったので、私は取り敢えず胸をホッと撫で下ろした。

「建物の周りに数人確認しました。作戦を実行します」

「同様です」

「了解」

 どうやら相手も同様に戦力を分散させて望んでいるらしい。部下二人の動向を把握した後、敵と相対する。

「初めまして、魔女サン」

 それは、若い男だった。緑色の髪の毛はボサボサでいかにも不摂生という感じだ。

「……初めまして。何て、呼べばいいかね」

 向き合って、相手の動きを伺う。正直、なんのメッセージも無しにただ呼び出されたから、なんでそんなことをしたのかとか色々聞きたいのだけれど。

 私のことをどれくらい知っているか、とか。トリスタンの命令か、とか、色々と。

海棠かいどう、と言うよ。苗字は」

 目の前の男は、自分のことをそう名乗った。苗字は、という、何か含んでいるような物言いは彼の性格だろうか。警戒心を高めながら、彼と相対しようと思った矢先。

「え、かいど……」

 耳元からそんなユキの声が聞こえ、そして。

「――――」

 魔法を使って高速移動してきた海棠に、私がぶっ飛ばされたのは同時だった。

 ピーピー! と、腰に付けていた魔力探知機が警報を鳴らす。二百ア(あらし)というのは、魔法の才能のある者でも暮らしがたい魔子濃度であるという1つの指標だ。その二百アを超えた魔子を検出した証として、警報が鳴っていた。

 これだけの魔法を軽く使える人間が出てくるなんて予想外だった。相当なやり手か。

「くっ……!」

 ビルの窓枠を超えて、アニメみたいに自分の体が空へと吹っ飛んでいく。まるで月に吸い寄せられているかのように体が上昇を続ける。自分も魔法を使って体勢を立て直したいが、今自分も魔法を使えば、下にいる人達にどれだけの魔子が降り注ぐか分からない。

 ただでさえ今の私は、海棠の魔法を受けて魔子汚染を撒き散らす弾丸のようになっているというのに。

 未だに探知機は警報を鳴らしている。吹っ飛びながら魔子は拡散していっているはずだが、それでもまだ二百アを超える魔子が私の体に張り付いているということか。

 背中に凄まじい風圧を感じながら飛んでいく。これは、まずい。空を吹っ飛びながら自分の体勢を変えることが出来ないというのは、素直に……。

「――もう一発」

 その海棠という男は、吹っ飛び続けている私の前に瞬間移動し、そして今度は落下させるために、私の腹に強烈なかかと落としを叩き込んだ。

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