三話

 深夜に、この大都会のど真ん中を車で走るのは、中々の趣がある。

 アルバムがリピートされて、また一曲目が流れる。シンプルなコードカッティングのイントロが冴える、聞きなれたその曲と一緒に、俺は首都高をドライブしていた。

 あいつはこの曲の退廃的な歌詞が嫌いだと言っていたな、なんてそんなことを思い出しながら。今だったら助手席に乗せてやるのに、なんてそんなことを考えながら、車を飛ばす。

 さきほどまで降っていた雨が靄となって東京全体を覆っていた。走っていると時々、前方にぼんやりと他の車の尾灯(テイルランプ)が見えてくる。赤い光を追い越して、そしてまた、誰とも会わない深夜の大都会を車でひた走る。

 いつもは喧騒の多いこの街も、人の思惑入り乱れるこの街も、こうやって雨靄の中走っていれば、どことなく神秘的でそして静かだ。たまにはガソリンで走る車を運転するのも良いな。いつもは気になるエンジンの音や揺れが、今は静けさに含まれている気がする。朝が来るのが惜しいほどこの時間は愛おしい。

 そうやって時間の流れに逆らいながら、未来は怖いと、未来は嫌いだと、いつまでも退廃的な甘い空間にいたいものだ。そんなことを言うときっとまた、あいつに苦い顔をされるのだろうけど。

 高速道路は長いうえに退屈で、しかも真夜中に運転しているものだから他の車なんかも少なく、つい物思いに耽っていると、誰かから着信が来た。

「よぉトリスタン。元気か?」

 そいつは最近親交のある仕事仲間というやつだった。

「ああ、元気だよ。あいつら、無事捕まったか?」

「昨晩無事な。裁判官たち、魔法すら使わなかったみたいだ。中々やるじゃないか」

「当たり前だ。裁判官なんだからな」

 魔法は、魔子汚染を引き起こす。それは魔法を扱う代償というものだ。魔子というものはまだ振る舞いが良く分かっていないが、魔法の才能を持っていない者には明確な毒として作用することがある。そして問題は、その魔子汚染された地域は住めなくなるだろう、と言われているということだ。

 例えば放射線は、常に同じペースで減少していく。なのである程度、汚染が引くまで目処を立てることが出来る。

 しかし魔子の減少量というのは、今のところ整数の約数の数、の逆数に比例するだろうということが知られている。

 要は、常に同じペースで減っていく、どころか。魔子汚染がほとんど無くなっていたのにいきなり元々の魔子の半分の量まで汚染される、ということが度々起こる。魔子汚染というのは、どれだけ減るかという事柄に今の所目処を立てにくいのだ。

 なので市民の味方である裁判官様は、簡単に魔法を使えない。

「……それに、あいつはもっと厳しく言われているだろうからな」

 魔法は知識に出来ない。

 魔法の実力というものは才能に完全に依存すると、今の所言われている。

 だから魔法の才能のある者というのは、恐怖の対象となるのだ。理解の出来ない、異様な存在として。

 なぁ、どうだ。そっちの世界は。

 肩身が狭いんじゃないかなんて、俺は心配したりするんだけれど。

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