二話

 東京なんていうのは碌でもない街だ。

「なーんで私の良さが分かんないかなぁ!」

「ほんとそうですよね嵐先輩!!」

 後輩達に誘われていった合コンで、先輩である私は見事にあぶれた。威厳も何もあったもんじゃない。そして今日も、いつも飲んでいる仲の良い後輩、烏丸アイと夜の歓楽街を飲み歩くのだった。

「こちとら若いエリートだっつーの! この街は私達が守ってやってるっていうのに! こんな私を守る人は誰もいないって言うんですかー??」

「いやほんとですよね! 無責任な奴らですよ全く!」

 歓楽街の裏路地に酔っ払いの叫び声が響く。きっと楽しそうな喧騒に掻き消されて表には聞こえないのだろう。そういうところが本当に虚しい。

「ね! 先輩! 飲み直しましょうよ! どうです、新しく出来た焼き鳥屋行きます?」

 こうやって私に優しくしてくれるのは後輩のアイだけだ。

「えへーん! ありがとうアイ……! ありがとうねぇ……!」

 自分の部下に泣きつく私。とても情けない。でも、そうしたいのだから仕方ない。そうしたい時は大抵人間、そうするべき時なのだ。多分。

「いえいえ、いいですよ先輩! さぁさぁ! 焼き鳥屋にレッツゴーですよ! 鳥ももう、自分からガスバーナー手にして待ってますよ!」

「それ返り討ちに遭わせる気じゃないの……?」

 ちなみにアイは、私が酷い目にあった合コンには来ていない。そもそも呼ばれてないのだ。何故なら、アイに彼氏がいることを皆知っているから。

 なんだこいつ。なんで今日、彼氏と一緒にいたのに私が連絡したら来るんだ? 仲間なのか裏切り者なのかハッキリしろ。

そんなことを少し思いつつも、せっかくの彼氏との時間を蹴ってまで私に付いてきてくれるこの部下のことを、私はとても可愛く思うのだった。

「よーし! じゃあ焼き鳥屋行くか!」

「行きましょう行きましょう! あ、道こっちなんで……」

そうやってアイに先導されながら道を曲がろうとすると、後に妙な気配を感じた。

一瞬、アイの足取りがずれる。どうやらそれに気付いたらしい。遠くの喧騒の聞こえ具合や、自分の背中に当たる空気の流れ、そこに妙な違和感がある。

そしてその気配が自分達のすぐ後ろに来た時に違和感が確信に変わった。

これは――魔法だ。

「左」

「はい」

 自分は左の敵を狙うと言うことをアイに伝え、すぐ後ろを向いて構える。敵はもう私達に触れられる距離まで来ているはずだ。感じた魔力から敵は二体。恐らく自分の姿を見えづらくする魔法を使って近づき、私達を仕留める気だったのだろう。

 振り向いた瞬間に、振り下ろされている刃物だけがわずかな光を反射して見えた。そこから敵の位置を推測し、刃物をギリギリ一線だけ躱(かわ)しながら、懐に入る。

「――!」

 どうやら近接戦闘に関しては素人と見える。ナイフを振り下ろす時に重心が持ってかれていて、前のめりになっている。

 振り下ろし終わったところで、ナイフを持っている右手の手首を掴んで下方向に少し力をかけ、右手をピンと張らせてやる。これだけで重心が前に固定されて、後ろに体を引きたくても力が入らない筈だ。

「どうだ? 動けないだろ」

 横を見ると、アイは既に敵を倒して凶器を奪っているようだった。というか、マウントを取って上から殴りかかろうと――。

「おぉーい! やりすぎやりすぎ!」

「ちっ。気づきましたか」

 彼女は悪びれもせずそう吐き捨てた。どうしていきなりそう凶暴性を増すかな……。

「手錠かけちゃったら殴れないじゃないですか。いきなり襲い掛かって来たんで、気晴らしに」

 そう言い訳をしながらアイは、彼女の懐から手錠を取り出し、マウントポジションを維持しながら器用に取り付けていた。

「はぁ……」

「うおっ!」

 それを追うように、私も相手をすっ転ばして手錠をかける。

「くそっ……、この裁判官どもめ……」

「はいはい。詳しい話は署で聞くからね。アイ、連絡お願い」

「分かりましたー」

 科学と魔法の渦巻く大都市、東京。私達は、そこを守る仕事をしている。

 魔法を用いて悪事を行う魔法使いと呼ばれる人たち。それに対抗して作られた警察の特殊部隊が、私達が所属している場所だ。

 魔法使い対策部隊、とか。魔法警察、とか。白魔導士、とか。なんか色々な呼び方をされるのだけれど、主には魔女裁判官――なんて呼ばれることが多い。

「しかし、この外套。こんなのどこで手に入れたんだ?」

 彼らは、身にまとっている外套で自分の姿を見えにくくしていた。それには魔法が用いられているのだが、姿が見えにくくなる魔法をこれだけの面積にかけるとなれば、相当な魔法の才能が必要なはずだ。

 手錠をかけられて床に寝っ転がっている二人の顔をよく見てみる。不貞腐れていて、いかにも下っ端という感じの雰囲気だ。この二人がこんな魔法を使えるとは思えない。

「……なんだ? 俺らには何も聞かないのか?」

 一人の男が、不気味に笑いながらそう話しかけてきた。

「……詳しいことは署で聞くよ。私達は私情で動いてるわけじゃない」

「そうか。……随分とせせこましいんだな。魔女とも呼ばれた女が」

 魔女。それは私が昔呼ばれていた名前で。

 一気に嫌な予感が浮かび、そしてそれは確信となった。

「……トリスタンか?」

 私のその言葉に、その男は更にいやらしい笑みで。

「詳しいことは署で聞くんだろ?」

 そう返した。

「………………」

「嵐せんぱーい。署長から……」

 してやったり感がめんどくさかったのでサッカーボールキックをした。

「先輩!? さっき私にやりすぎだって言ってませんでした!?」

「あんたのは私怨。私のは私情だから。署長からの電話? 貸して」

 アイから携帯を借りた私は、そのまま署長との通話に出る。

「はい、嵐です」

「……あんまり外傷を付けるなよ。面倒だからな……」

 一言目が小言だった。心底呆れているという署長の声が聞こえてくる。彼はいわゆる中間管理職なので気苦労も多いのだろう。

「大丈夫です。一回だけにしておいたので。今は署には誰がいますか?」

「柳がいるはずだ。こちらから連絡しておく」

「分かりました。あ、魔法は使ってないですよ。ただ、魔法具を二点確保しました」

 わざわざ私に電話を変わらせたということは現場の確認をしておきたいのだろう。署長が欲しそうな情報を先回りして伝えておく。

「魔法具が二点か……。了解した。今回は災難だったな。引き続き聴取も頼む」

 こういった部下に対する気遣いも丁寧なので、署長は皆から信頼されていた。まぁ署長に選ばれるということはそういうことなのだろう。

「ありがとうございます。それでは失礼します」

 通話を切り携帯をアイに返して、倒れている二人を起こす。ここは入り組んだ路地なので、柳――柳ユキが車を寄越しやすい場所まで移動する必要がある。その後は聴取だ。終わる頃には朝も近いだろう。

 ただ、それより。

トリスタンがもし動いていたとするならば、これからの心労はこれの比じゃないだろう。

「……はぁ」

「もうほんと、ガッカリですよね! 焼き鳥食べたかったのに!」

 私の溜息を勘違いしてアイが反応した。頬を膨らませて、クサフグみたいに怒っている。彼女の言動はジョークみたいだが、多分本音だ。

こいつ……。こんなんだけど元々私に付き合わせたから今こうなってるんだよな。

「……今度焼肉連れてってやるよ。高いとこ」

「ホントですか!? やったー! 聴取も頑張れるー!」

 つくづく良い部下を持ったものだと思った。

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