109話 母親
「あら、知っててここに来たんじゃないの? あなたの母親がいるってことを……」
カズヤはそれを耳にした瞬間、雷に撃たれたように硬直した。
目の前にいるアリシアと記憶の中のリナが、フラッシュバックのように重なった。
……似ている。
記憶の中のリナと、アリシアがとても似ているのだ!
リナもアリシアのような赤毛赤目の品のいい親切な魔法使いのおばさんだ。機嫌のいいときは、自分のことをお姫様なんて冗談を言っていたこともある。
それに、見た目は柔らかくても心の芯は強くて、スクエア内の生活にも決して弱音をはかなかった。
まさか、カズヤがお世話になっていたあのリナが、アリシアの母親だったというのか!?
「まさか、そこにお母様がいるの!?」
カズヤの記憶が蘇ってからまだ日が浅いとはいえ、なぜ気が付かなかったのだ。
そういえば以前、エルトベルクには優秀な魔導人形があると、アリシアが言っていたことを思い出す。
「あなたの母親のことなんて、どうでもいいわ。魔術ギルドに反抗するのは好きにすればいい。ただ、私に歯向かうのは許さないからね」
ベルネラが杖を構える。
「あなたたちにはどんな魔物がお似合いかな。こんなのはどうかしら……」
身体が怪しく光り始めると、ベルネラの姿が変形しはじめる。
徐々に身体が大きくなると両足が一つにくっついていく。
下半身が一つにまとまると蛇のように長く伸び、虫のような形をした足が何本も生えてきた。
下半身は、大きな顎を持ったムカデのような甲殻類に変わり、その背中からベルネラの上半身が生えている。
巨大なムカデの背中に、ベルネラの上半身がくっついた奇怪な姿だ。
「……な、なんだ気味が悪い。これが奴の魔法なのか!?」
「ベルネラは魔物に姿を変えられるのよ。だから魔女と呼ばれているの」
身体を大きく横にくねらせながら、こちらを見つめている。
「アリシア様以外には興味がないわ。あなたたちは、こいつらの相手をしていなさい」
ベルネラが近くにあった扉を魔法で壊すと、なかから金属でできた軍事用の魔導人形が出てきた。
「うええ、あのお姉ちゃん、気持ち悪い!」
一番後ろで見ていたピーナの叫び声が聞こえてくる。
「ピーナは広場から離れていろ! 俺とステラで魔導人形の相手をする。魔女はアリシアとバルに任せたぞ!」
身体を半透明にして広場から逃げ出したピーナを確認すると、カズヤとステラは魔導人形へ攻撃を開始した。
アリシアとバルザードは、ベルネラへと向かっていく。
ムカデの下半身はくねくねと動きながら動きが素早い。不規則にあらゆるところから足の攻撃が飛んできた。
無数の足から繰り出される攻撃は鋭く重い。一撃でもアリシアが喰らったらやられてしまうだろう。
アリシアへの攻撃をバルザードが防ぎながら、アリシアは魔法を詠唱する。
「
アリシアの魔法がムカデに当たる。
しかし、固い甲羅の上を滑るようによけられてしまい、なかなか直撃しない。
無数の足が地面の上をかきむしりながら、すばやく位置をかえて足や大あごを飛ばしてくる。
その合間に、ベルネラが唱えた魔法がアリシアとバルザードに襲い掛かる。
足や大あごの攻撃はバルザードが防ぎ、魔法の攻撃はアリシアが魔法障壁を作り出してかろうじて避ける。
「ああ、楽しいわ! 全力で来ないと殺しちゃうから!!」
ムカデの身体をくねらせながらランダムに飛んでくる下半身の攻撃を、バルザードがはじき返しながら反撃する。
しかし、ムカデの鱗のような皮膚は頑丈で、真っ直ぐに当たらないと槍が表面を滑ってしまう。
なかなかダメージを与えられない。
そして、下半身の攻撃に気を取られていると、上半身から魔法が飛んでくる。
それも極大の魔法を続けざまに唱えてくる。
正面からベルネラの炎をかわしたかと思うと、次には雷が空から降ってくる。
足元は氷の魔法で滑りやすくなっていて、不意をついて無形の風魔法が飛んでくる。
ベルネラが魔女と恐れられている理由が、嫌という程分かった。
属性など関係なく複数の魔法をたやすく操ってくる。これが魔術ギルドのSランクなのか。
カズヤとステラは大量の魔導人形に手を焼いて、なかなか助太刀に向かえない。
金属製の魔導人形たちは頑丈で、電磁ブレードをきれいに直撃させない限り、なかなか行動不能にできないのだ。
疲れや恐れを知らない人形たちが、無表情で突進してくる。手数の多さは敵の方が勝っていた。
このままでは4人共追い込まれてしまう。
その時。アリシアが、カズヤに向かって大声で叫んだ。
「カズヤ! 以前に教えてもらった風魔法を試してみるわ。離れてて!」
「以前に、教えてもらったって……。え、もう実践できるのか!?」
「初めてだけど、やってみるわ。バルくんも離れてて!」
アリシアが風魔法を唱え始めた。
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