105話 奇襲失敗


 カズヤの意思を確認せずに身体をザイノイド化したことは、ステラもずっと気になっていたことだ。


 カズヤを救うために仕方がなかった行為ではある。


 しかし、人間にはその治療すらも選ぶ権利があるのだ。



「……でも、それでも、私はマスターに生き延びて欲しかったんです! 私の我がままだったかもしれません。でも、マスターは私を300年の孤独から救ってくれました。もっともっと一緒にやりたいことが、たくさんあるんです!」


 ステラは心に溜まっていたことを一気に吐き出した。


 ステラにとってのカズヤは、すでにただのマスターだけではなく、一人の人間として特別になっていたのだ。



 初めて聞いたステラの熱い言葉に、カズヤは心が揺さぶられる。


 ステラがそんなことを思っていたとは知らなかった。


 自分が必要とされている。


 ザイノイドとして生き延びたことを後悔することもあった。だが、そんな自分でも誰かの役に立ち、いて欲しいと思われている。



 ステラの泣き出さんばかりの想いが、カズヤの気弱さを振るい立たせた。


「……ありがとう、ステラ。少し気持ちが晴れたよ。これからも悩むことはあると思うけど、今日のことは忘れないよ」


 二人は夜が明けるまで、その場所に黙って座っていた。


 たった1日の葛藤で解決するような問題ではない。


 しかし、悩みを全て吐き出したことで、ステラと共有することができたのだ。



 次の日の朝、カズヤは快活さを取り戻していた。


 起きてきたメンバーに、カズヤはいつものように挨拶をする。夜に一人で悩んでいたなんて誰も気付かないような、はつらつとした様子だった。


 そして皆の準備が整うと、スクエアを目指して、再び黒耀の翼たちと一緒に歩み始めた。





「ムルダ、スクエアまでどれくらいあるんだ?」


「ここから徒歩となると結構かかるぜ。2日は必要だ」


「2日か……」


 事前に話は聞いていた。


 だが、ここから更に2日も歩くのは、時間がかかるし労力を使う。



「ステラ、全員がウィーバーに乗って進むことはできるか? できればレンダーシアの街や街道を通らずに直行したい」


「1台につき3人くらいなら問題ありません。ウィーバーを使えばお昼前には目的地に着けます」


 もちろん3日かかるだけの準備はしてきたのだが、一刻も早く仲間を助けてあげたい。


 それに、時間がかかるほど、相手にこちらの行動がバレる可能性が高まってしまう。



「シデン、ウィーバーを使って進みたいんだけど大丈夫か?」


「構わん。あの乗り物なら森のなかを進んでいけるだろう」


 黒耀の翼に2台のウィーバーを渡し、カズヤたちで2台つかう。


 カズヤとピーナとムルダの組と、ステアとアリシアとバルザードの組みで分かれた。



 ウィーバーに乗ると、あっという間に距離を稼ぐことができる。


 特に初めて乗ったムルダが一番驚いていた。


「こいつは凄い乗り物だな! この調子ならスクエアまであと少しだぜ」


 ムルダにとっては、スクエアは出来れば近付きたくないくらい恐ろしい場所に違いない。


 しかし、捕らわれた仲間を救うためにここまでやってきたのだ。



 ムルダの言う通り、カズヤの目にも遠くの方にスクエアの外観が見えてきた。


 スクエアを外から見ると異様な雰囲気を放っていた。


 20mはありそうな高い石の壁が続いていて、上から見ると口の字の形をした長方形の入れ物になっている。


「よく、こんな場所から脱走できたな……」


 不気味な光景を見つめながら、思わずカズヤがつぶやいた。



「やはり、衛星やボットから情報を得ることができません。この建物全体が魔法によって完全に隠されています」


 スクエア全体が魔法障壁で覆われたままのようだ。


「どうやって攻め込むつもりだ?」


 目的地にたどり着いたことに気付いたシデンが、カズヤに確認する。



「この時間帯は1日に一回だけの食事の時間で、人間たちを管理しやすいように一か所に集めているはずなんだ。皆がまとまっていた方が助けやすい。こちらの存在は、まだ気付かれていないから、奇襲して助け出そうと思うが……」



 しかし、カズヤの期待はあっさりと裏切られた。


 なんとスクエアの建物の方から、カズヤたちに向かってたくさんの魔導人形が出てきたのだ……!


「どうして、こっちの行動がバレたんだ!?」


 人間よりもはるかに大きい5m以上もある魔導人形から、子どもくらいの高さの魔導人形までいる。


 しかも、それらは全部、金属製でできた軍事用の魔導人形だった。カズヤがスクエアにいた時には一度も見たことがないタイプだ。



 スクエア内にいる人たちは、土魔法使いや職人、生活を手助けする人たちなので戦闘力は高くない。


 軍事用の魔導人形が、もともとスクエアにいたとは思えない。


 ただでさえ、今朝思いついたようにウィーバーに乗ってきたのだ。


 こちらを監視していたとしても、振り切ってしまう程のスピードだったはずだ。



「私とリオラの魔法で、気づかれにくくしたはずなんだけど……」


 対応の早さにアリシアも驚いている。


 レンダーシア公国に入ってからは、アリシアとリオラが、メンバー全員に姿を見えにくくする認識阻害の魔法を使っていた。


 それなのに、こうも簡単に見つかってしまうとは。



「マスター、レンダーシア公国の軍勢がこちらに向かっています! 急がないと人間の軍勢とも戦わなければいけません」


 ステラの報告は、さらなる敵軍の出現だった。

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