104話 カズヤの苦悩

「部屋はどういう組み合わせにする?」


 受付で空室を確認すると、カズヤが念のために確認した。


「野宿する訳じゃないんだから、男女別でいいんじゃない?」


「姫さんにはステ坊もいるし、隣の部屋なら大丈夫だと思うぜ」



 アリシアの返答を聞いて、バルザードは警備をふくめて確認する。


 カズヤとバルザード、アリシアとステラとピーナの組になるように部屋をとった。


 その日は宿屋で食事を済ませると、皆はすぐに眠りについたのだ。




 そんな夜遅くに、一人で宿の外に出ているカズヤの姿があった。


 手持ち無沙汰のように、宿の前を行ったり来たり歩いている。シデンの知り合いでも無ければ、捕まっていてもおかしくはない不審な動きだ。


 バルザードが寝込んだのを見て、静かに部屋から出てきたのだ。



 カズヤは、ザイノイドになってから夜一人になるのが苦手になっていた。


 そもそも、眠る時間も仮眠程度で短くていい。


 起きてばかりいると、考えなくてもいいことが次から次へと襲ってきてしまう。


 だからセドナにいるときは、夜でも建設現場で建築用ボットと一緒に働いていることが多かったのだ。




 やがて歩くことをやめると、宿の入り口の前の軒先に腰かけた。


 夜空を一人で眺めている。日本にいた頃よりもたくさんの星が見え、きらきらと輝いていた。


 宿の外でカズヤが一人でたたずんでいると、ステラが横にそっと座った。


「どうしたんですか、マスター? ……元気なさそうですよ」


「まあ、ちょっとな……」


 ステラが気遣ってくれる。それだけカズヤの顔に悲壮感が現れているのだ。



 しばらく二人で宿屋の入り口に腰かける。


 やがて、カズヤがぽつりぽつりと独り言のように話し始めた。


 その口調は、いつものカズヤとはまるで違う、気弱さと不安にあふれていた。


「……最近、ザイノイドになった自分が恐ろしいんだ。前回のゴンドアナ王国との戦いでも多くの人を殺してしまった。そのことに段々慣れてきて、ためらいが無くなっている自分がいる。確かに力が無ければ大切な人を守ることはできない。でも、殺すことが当たり前になって麻痺してしまったら、大切な人すらも軽んじてしまいそうだ。自分はまだ人間の心が残っているのか不安になってしまう……」



 前回のアビスネビュラとの戦争は、一般人だったカズヤの心に大きな傷を残していた。


 自分が殺戮マシーンになってしまったことに、たまらなく嫌気がさすのだ。


 しかし、アビスネビュラに対抗したり、自分の大切な人を守るためには武力が必要なことも理解している。


 その板挟みで葛藤して苦しんでいた。



「それを恐ろしいと考えている以上、マスターは人間の心を持ち合わせていますよ。本当に心が変わってしまったら、そんな気持ちや後悔は湧いてきませんから。マスターはまだ人間です。ザイノイドの私が言うのだから間違いありませんよ」


 ステラが笑って励ましてくれる。


 それでもカズヤの不安は収まらなかった。



「……奴隷時代の記憶がよみがえってきたことで、心の整理がつかないんだ。あの時は毎日脱走したいとばかり思っていたけど、無力感にうんざりしていた。いつも体調が優れずに、やる気がでなかった」


「無理やり奴隷として働かされていれば、体調を崩すに決まっています。健康と余裕が無ければ実力を発揮することなんてできません。身体を鎖で縛られていなくても、思考と心が縛られると逃げ出せなくなるんです」


 カズヤは心に溜まっていた不安を一気に吐き出した。


 それを聞いたステラが優しく慰めてくれる。



「嫌な臭いや、マズい食べ物すら愛おしく感じるんだ。自分がこんな風になるなんて想像もしていなかった。今はステラだからいいけど、自分の機械の身体を他人に任せて整備してもらうのが嫌になる。もし、この前の魔導人形のように暴走してしまって、自分の意思に反して話したり身体が動いてしまったら、もはや自分ではない気がするんだ」


 ステラは言葉をはさまずに、ただ静かにカズヤの話を聞いていた。


 カズヤの悩みは、いつかステラが感じるものかもしれない。


 ステラには、そんな予感めいた思いもあった。



 カズヤの葛藤はステラには経験したことが無いものだ。ザイノイドは、人間の手によって1から作ることができる。


 自分がいなくなれば、また新たなザイノイドを組み立てればいい。簡単に複製できることが、自らの価値を下げてしまっているのかもしれなかった。



 ザイノイドには人間のような人権が無いので、最終的な決定権を人間に委ねる場面も出てきてしまう。


 最後は強制的に人間に決められてしまうため、独自の考えを持つことに魅力を感じないのかもしれな。

かった。



「だんだん人間だった頃の、身体の感覚を忘れてきてしまってるんだ。確かに味覚や触覚のセンサーは機能している。でも、それは数値としてのデータだけで、実感をともなっていない。身体の痛みが分からなくなると、他人の痛みにも気付かなくなりそうで怖いんだよ」


「……やはりマスターには、ザイノイドは合わないのかもしれませんね。元の星でも、心や感覚的な問題からザイノイド化を拒む人はたくさんいました」



 カズヤの意思を確認せずに身体をザイノイド化したことは、ステラもずっと気になっていたことだ。

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