102話 道中:黒耀の翼


 出発当日、黒耀の翼が馬に乗ってセドナにやってきた。



 剣士のシデン、魔法使いのゼーベマン伯爵、重剣士のイグドラ、魔法使いのリオラの4人だ。


 レンダーシア公国までの距離を考えて、今回の移動は馬を選択したようだ。


 目的地のレンダーシア王国までは、セドナの街から一度タシュバーン皇国のなかを通って行く。


 徒歩だと数日かかるが、馬に乗れば今日の夜までにはレンダーシアの国境に着けるはずだ。



「その馬はどうするんだ?」


「これは借り馬だ。国境の街で置いていく」


 カズヤたちはウィーバーに乗って行くつもりだが、レンダーシアの国境を越えたら目立つので使えない。


 そこからは歩いて進むつもりだった。



「お前たちはどうやって行くんだ?」


「いつもの乗り物だ。ある程度一緒に進まないと意味が無いから、今日の目的地くらいは決めておこうか」


 カズヤがそう言って、ウィーバーの方を指さした。


「あれか……。俺も乗せろ」


「……は?」


 シデンの目がウィーバーから離れない。言っていることがよく分からない。



「乗り方を教えろ。俺もあれに乗る」


 どうやらウィーバーが気になっていたようだ。


 かたくなに運転したいと主張している。珍しい乗り物に乗りたがるのは男のサガだろうか。


 確認のためにステラの方をちらりと見る。


「今回持ってきたウィーバーは4台です。手分けして乗るなら構いませんが」



 ステラには問題無さそうだ。


 シデンには、前回のタシュバーン軍の侵攻を止めてくれた借りがある。この程度の頼みは断れない。


 カズヤはウィーバーの乗り方をシデンに教える。


 いきなりカズヤでも運転できたのだ。シデンはすぐに軽々と乗りこなした。




「そうしたら、俺たちも残りの3台に手分けして乗り込もう。どんな分け方でもいいんだが……」


 言いかけた時には、すでに組み分けは決まっていた。


 以前にも乗ったことがあるアリシアは、運転する気満々でウィーバーにまたがっている。


 そうなるとウィーバー嫌いのバルザードも、仕方なく後ろに乗り込むことになる。



 カズヤの後ろにピーナが乗り、ステラは一人でまたがった。黒耀の翼の残りの3人とムルダは馬に乗る。


「ピーナは雲助でもいいんだぞ」


 雲助に乗ったピーナは、結構な速さで空を飛ぶことができる。馬の速歩はやあし程度なら問題ないはずだ。



「いいの! これに乗ってみたい!」


「こんなツルツルした奴なんかには負けないんだけどな……」


 雲助が少しすねながらも、ピーナの身体にまとわりつく。





 すでにシデンたちが先行している。


 追いつくように速さを調節して、黒耀の翼のメンバーと並行して進み始めた。



「リオラ、この前の記憶の魔法はありがとう」


 前回は失われていた記憶から意外な事実が次々と出てきたので、リオラにしっかりとお礼を伝えるのを忘れていた。


 リオラは褐色の肌と、背中には大きくて美しい黒い翼がついていた。


 グラマラスな身体にまとっている服装の布地が少なめなので、目のやり場に困ってしまう。



「いいえ、どういたしまして。必要があればいつでも使ってあげるわ。魅了の魔法と間違えないようにしないとね」


 冗談めかして妖しく笑う。


 この手の冗談に慣れていないカズヤは返答できずに固まってしまった。


「マスター、この女性は危険です。不用意に話しかけないでください」


 後ろにいたステラがあわてて遮った。



 気を取り直すと、続いて黒耀の翼のイグドラにも挨拶する。


「今回はよろしく頼むな」


 重戦士のイグドラは、余計なことを口に出さないといった武人風情だったので、他のメンバーほど話していなかった。


「ああ、指示はお前たちが出してくれ。今回は雇い主だからな。ただし、馴れ合うつもりはないぞ」


 こちらを見ながら、軽く念を押されてしまった。



「ピーナちゃん、この前の話は考えてくれかな? タシュバーンに来れば、毎日おやつが食べ放題じゃぞ」


 いつも余計なことを言ってくるゼーベマンには話しかけるつもりも無かったが、相変わらず勧誘がしつこい。



「ピーナ、あのお爺さんにイタズラしてきな」


 うんざりしたカズヤは、こっそりとピーナにささやいた。


 ピーナは二コリと笑って雲助にまたがると、姿が透明になって消えてしまった。


「なんじゃ、姿が見えなくなったぞ。帰ったのか? ……い、痛たたっ! こら、髪の毛を引っ張るな!」


 何もない空間に向かって、ゼーベマンの髪の毛が引っ張られている。



「お、おお終わったか……、痛ててて、今度は髭か!」


 髪の毛が終わったかと思うと、今度は髭を引っ張りだした。


 前方にまわったピーナの半透明になった姿が見えている。


 透明になったのに、意図した物を掴むことはできる。ピーナの魔法が特別である所以だった。


 ひととおりイタズラして気が済むと、カズヤのウィーバーに戻ってきた。



「余計な勧誘は止めてもらおうか。うちの冒険者パーティーの大事な一員なんだ」


「分かったわい。それにしても、年寄りの髪の毛を引っ張るなんて、しつけがなっておらんぞ……」


 観念したゼーベマンが、ぶつぶつ一人言のように文句を言っている。



「それよりも、ゼーベマン。アビスネビュラについて知ってることを教えてくれよ」


 カズヤは、何気ない口調でゼーベマンに尋ねた。

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