098話 よみがえる記憶
カズヤは初めてアリシアと出会った時のことを思い出した。
日本で着ていた衣服と違ってボロボロだったのは、スクエアの収容所で与えられた服だったからだ。
左腕についていたあざは、スクエアでの収容所の奴隷としての目印だ。
カズヤが最初からアリシアの言葉を理解していたのは、異世界での不思議な力でもチート能力でも何でもない。
アリシアと出会う以前に、スクエアという収容所でこの世界の言葉を身につけていたからだ。
そして、エストラの宿屋の部屋にあった魔石のアイロンやケトルを見て、懐かしいと思うのは当然だった。
それは元の世界の記憶では無く、まさに自分自身が作ったものだからだ。
カズヤは言葉が通じることが、異世界で与えられたチート能力だと思っていた。
しかし、それすらも自分で学んだものだった。
「本当に何のチートも無かったのかよ……」
愕然としたカズヤは、思わず不平がもれる。
カズヤは、目の前で心配そうに見ているムルダに気付いた。
さっきまでは初めて出会った見知らぬ他人だった。
しかし、今では違う。ムルダは同じ人間奴隷としてスクエア内で一緒に暮らしていた大事な仲間だ。
「……ムルダか。無事に逃げ切れたんだな。良かった」
「そうだ、そう呼ばれると懐かしいな! やっと思い出したようだな」
「カズ兄ちゃん、私のことも思い出した!?」
「ああ、ピーナが元気そうで嬉しいよ。お前のことを忘れていたなんて信じられないな」
そう言ってカズヤは、エルフ族の子どもであるピーナの頭をやさしく撫でた。
その首元には、いつものように雲助が浮かんでいた。
「悪かったな、雲助。お前の悪口を聞いても思い出せないなんてな」
「もしオイラのことを思い出せなかったら、お前の頭に雷を落としてやろうと思ってたぞ」
ピーナと仲良しのフワフワした妖精に、雲助と名付けたのは確かにカズヤだった。
雲助は口が悪い、不思議な妖精だ。
雲助は暑くなるとピーナの頭の上で日陰を作ってくれたり、少しばかりの雨を降らせてくれる。
なにより、ピーナを乗せて空を飛ぶこともできる。
ピーナが雲助を脇にかかえて、スクエア内を元気に走り回っていたことを思い出した。
「ムルダ、他のみんなはどこにいるんだ?」
「脱出に成功した奴らは自分の国に帰ったよ。俺の母国はスクエアがあるレンダーシア公国だったから、今までゴンドアナ王国に隠れていたんだ。行き場のなかったピーナは俺が預かっていたんだが、そこでお前の噂を聞いたんだ」
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「そうだったのか。リナはどうなった?」
「リナは脱走に参加していないから、そのままスクエアに残っていると思うが……。脱走後のスクエア内のことは詳しく分からないんだ」
「それなら、まだスクエアに囚われている人間がいるんだな。早くリナ達を助けに行かなければ。ザイノイドになった今の俺なら……」
「なんじゃ、何があったのか早く教えるのじゃ!」
カズヤとムルダの会話を聞いていたゼーベマンが、話の筋が見えずに騒ぎ始めた。
「分かった、話すよ。今からの話は信じられないかもしれないけど、本当の話だ。ここにいるピーナやムルダが証人だ」
カズヤは新しい情報が大量に入ってきたことで、記憶を整理するのに時間がかかっていた。
カズヤはゆっくりと記憶を辿りながら、スクエアに囚われていた時のことを確認するように話し始めた。
*
「……魔導人形が自我と知性を持つなんて信じられんのじゃ。土魔法で作り出した、ただのゴーレムじゃろうに……」
カズヤのスクエア内での話を聞いたゼーベマンが不満をもらす。
この世界の常識からすれば理解しがたいことのようだ。
それを聞いたステラが、珍しく口をはさんだ。
「創造する側が、自ら創造した存在は知性を持たないと思っているのは傲慢ですよ。私の場合と似ています」
「……ということは、やっはりお主は魔導人形じゃったのか?」
「魔導人形ではなくザイノイドです。しかし、人間に作られた存在という意味では同じです。ある程度の知性を持った存在は、自我を持つこともあるのです」
「それにしても、なぜ人間が魔導人形に支配されなきゃいかんのじゃ。儂ら人間の方が創造主じゃろう」
「人間が魔導人形を戦争用に作っているからではないですか? もし不安なら、私がマスターの指示に従うように、能力を制限した方が良いですよ。そうしないと、創造した存在に自分が殺される可能性だってあります」
ステラが言っていることは、リナの話と同じだった。
「なんじゃ、お前のほうが従者だったのか。てっきりあの小僧がお前の従者だと思っておったわい」
ゼーベマンの関心は違うところにあった。
ステラの方がマスターと思われていたことに、カズヤの心が少しだけ痛むが、いちいち気にしていられない。
「しかし、魔導人形が自我を持ったとしても何がしたいのじゃ? 人形の心なんて想像もつかんわい」
「自我を持った存在が望むことは人間と同じですよ。自分がこの世界に存在する意味を知りたいんです。自分の意思に反して命を奪われるなら、生存本能に従って抵抗するのは当然です」
ステラがいつも以上に饒舌に感じられた。
人間に創造された存在として、彼らの考え方が分かるのかもしれない。
ゼーベマンもひと通りいい尽くしたのか、ステラの言い分を聞くと黙りこんだ。
「もし、各国で保有している魔導人形が自我を持って暴走すれば、大きな被害が出るわ。誰も想定していないことだもの」
アリシアが、誰もが一番気がかりだったことを口にした。
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