097話 脱走
カズヤが作る魔導具は構造が単純だったので、複製するのも簡単だった。
スクエア内で一気に広まったかと思うと、さらに魔導人形の上にいる人間がそれを目にして、外の世界へ持ち出して金儲けを始めたのだ。
簡単で便利なカズヤの魔導具は、すぐに周辺国へと広まっていった。
おかげでカズヤは、スクエア内で土魔法使いと同等の立場として扱われるようになった。
そして、カズヤの平凡ながらも地道な行動は、いつしかスクエア内の人間たちの信用も集めていたのだ。
「カズヤくん。これについてどう思う?」
「カズヤさん、ちょっと話を聞いて欲しいんだけど……」
「おい、カズヤ。この荷物はどうしたらいいんだ?」
結果的にカズヤは、スクエアの収容所で半年近くを過ごしていた。
*
ある日、思いつめた表情のムルダが、作業後のカズヤに話しかけた。
「カズヤ、俺たちはもう限界だ。このままスクエアで死んでいくのは我慢できない。仲間と脱走を計画しているんだが、お前も参加するか?」
魔導人形には聞こえないように、小さな声でカズヤに尋ねた。
人間を見張っている魔導人形には自我があるが、知能は決して高くはない。
人間たちが命令通りの作業をしているか、余計な言動はないかを監視しているだけなので、話の内容までは理解していないことが多かった。
「……そうか、たしかに俺も限界だ。こんな生活がずっと続くのは耐えられない」
魔導具造りで少しばかり生活が改善されたとはいえ、根本的な不自由さは解決されていない。
日本で生まれ育ってきたカズヤには限界だった。
「それなら、カズヤからピーナに協力を頼むことはできるか? 彼女の力があれば成功する可能性が高まる」
「分かった、ピーナとリナにも相談してみるよ」
居住区に戻ったカズヤは、さっそくピーナとリナに脱走計画について相談した。
「そろそろ皆が我慢できなくなる頃だと思っていたの。私は脱走できないけど、皆のことは応援するわ」
「そうか、分かった。脱走に成功したら必ず助けに来るよ」
「……おばさんは一緒に逃げないの?」
ピーナが不安そうな顔でリナを眺める。
「私はここで特別扱いされているから心配いらないよ。その分警戒されているから、私が逃げ出そうとすると皆に迷惑をかけてしまう。ピーナもいつまでもここで生活する訳にはいかないだろ? カズヤたちと一緒に逃げた方がいい」
「分かったよ……。でも、必ずおばさんを助けにくるからね!」
ピーナは渋々うなずくと、必ず助けにくることを誓った。
ついに、カズヤとピーナ、他の奴隷の人間達は魔導人形の都市から脱走を試みた。
ピーナと雲助が裏門を開けると、皆が一斉にスクエアの外へ飛び出した。一度は全員成功したかのように見えた。
しかし、最後を走っていたカズヤが、追っ手の魔導人形に捕まってしまったのだ。
「カズヤ!!」
「カズ兄ちゃん!」
「おい、カズヤ! 早く逃げろよ!」
「俺のことはいいから逃げろ!! せっかくのチャンスを逃すな!」
カズヤは身を呈して、ピーナやムルダたちの脱走を助けた。
そのおかげで20人ほどが脱走に成功した。
再び魔導人形に捕まったカズヤの周りを、魔導人形のトップであるギムと、見知らぬ魔法使いの人間が取り囲んでいた。
「逃亡するとはふざけた真似をする。こいつをどうしてやろうか?」
「……ジェダ様、こいつは魔導具造りの特殊な才能を持った男です。このまま殺すのはおしいのですが」
いつもはスクエア内で尊大なギムが、人間相手に敬語を使っていることに違和感を感じた。
「なるほど、こいつが外で捕らえてきた、あの魔導具造りの男か。ならば、この世界での記憶を全部消してやろう。そうすれば、再びスクエアでの囚人生活に戻れるだろう」
「そうして頂けると助かります。ただ、言葉だけは喋れるようにしてもらえますか。こいつの言うことに従う人間どもが多いのです」
ジェダと呼ばれた魔法使いはフンとうなずくと、カズヤの記憶を奪う強力な魔法を詠唱し始めた。
激しい苦痛のなかで、スクエアでの記憶と思い出が消えていく。
全ての記憶が無くなったかと思ったその時。
カズヤの心の底から、「この場を逃げ出したい」という強烈な欲求が湧きあがってきた。
「……あ、貴様! 待て!!」
カズヤは一瞬の隙をついて魔導人形の手を振り切った。
一目散に森の奥へと逃げ出す。
そして記憶が朦朧とするなか、近くにあった大河へと飛び込んだ。
対岸を目指して無我夢中で泳ぐがしだいに力が弱ってくる。カズヤはいつしか力尽きて、意識を失いながら大河のなかを流されていった。
そして、下流までくると、エストラ近くの河畔に流れつく。
そこでアリシアとステラに出会ったのだ。
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