079話 奇妙な兵器

 アリシアとバルザードが乗ったウィーバーは、音も立てずに一気にエストラを通り抜けて、メドリカ軍の進軍先までたどり着いた。


 アリシアが到着したときには、メドリカ軍はエストラから徒歩で1日の距離まで近付いていた。



「まずは攻撃に備えて、この辺りの住民に避難してもらわないとね。一時的でいいからできるだけ遠くに離れて欲しいわ」


 アリシアが突然集落を訪れたので、案の定、村人たちは自分の目を疑うほど驚いた。



「ひ、姫様!? なぜこんなところに?」


「この場所にメドリカ王国の軍隊が迫ってきているわ。すぐに避難して!」



 アリシアは近隣の集落にもメドリカ軍が近付いていることを伝え、他の集落に呼びかけながら避難するように伝えた。 


 アリシアの指示を聞いた村人たちは、慌てて避難を開始する。



 周辺にエルトベルクの国民がいなくなったことを確認すると、アリシアは予定通りの作戦を開始した。





 メドリカ軍は、あと半日でエストラに着こうかという場所まで進軍していた。


 すると、突如としてメドリカ軍の前方の空中に、巨大なアリシアのホログラムが現れた。



「落ち着け! ただの幻術だ、構わず進め!」


 メドリカ軍の指揮官たちは、部下の動揺を必死で抑えつけた。



「……私はエルトベルク王国第1王位継承者アリシアです。あなたたちは不当に我が国の領土を侵しています。今すぐに引き返しなさい」


「何が引き返せだ! エストラで災害が起きて弱っているのは分かってるんだ。こんなこけおどしには騙されないぞ!」


 アリシアの警告を聞いて、メドリカ軍は嘲笑した。



「私の警告を無視すれば、我が国の領土を守るために反撃します。あなたたちが命令を受けて進軍していることは分かっています。すぐに撤退するのであれば攻撃はしません」


「何を言ってやがる。首都の地面が落下したうえに、ゴンドアナ王国との戦争で疲弊してるんだろう。こんな何もない場所で、俺たちを攻撃する手段なんてある訳ねえ」


 メドリカ軍が進軍を止める様子はなかった。



「あなたたちの意思は分かりました。後悔しても知りませんよ」


 アリシアのホログラムが消える。



「……やはり警告くらいじゃ駄目ですぜ」


「そうね。気が引けるけど、カズヤから教わった攻撃を使うしかないわね」




 ホログラムが消えてからしばらくした後、メドリカ軍への反撃が始まった。



 進軍するメドリカ軍全体に、突然空気が震えるような低くて不気味な音が広がり始めた。


 最初はかすかだった音は徐々に大きくなり、兵士たちの耳をつんざくような音へと変わっていく。



「な、なんだこの音は!? 頭、頭が痛い!」


 聞いたことが無いような不快な音はどんどん大きくなり、耳を塞いでも頭の中で鳴り響いた。



 それは強烈な音波攻撃だった。


 メドリカ軍を取り囲んでいる、蚊ほどの大きさしか無い100以上のバグボットたちが一斉に共鳴しているのだ。


 メドリカ軍は一瞬で混乱につつまれた。



 音の圧力が兵士たちの頭を締めつけ、手を耳に当て地面に膝をついて苦しみ始める。


 なかには痛みで目を覆って大声を上げる者もいた。



 耳を抑えて地面にはいつくばり、立ち上がることすらできない。


 4000人のメドリカ軍は身動き一つとれなくなった。




 やがて不気味な音は小さくなり、再びアリシアのホログラムが空中に現れた。


「……分かりましたか? まだ進軍するのであれば更に攻撃を続けます。もし、自国へと戻るならこれ以上何もしません」



「このような攻撃は卑怯だぞ! 本国から、エストラを制圧するように命令を受けているのだ。退却することなど考えられん」


 メドリカ軍の指揮官らしき男が大声で叫ぶ。



「あなたたちのことを考えて、退却して欲しいとお願いしているのです。進軍する限り攻撃を続けますよ」


「姿を現わせ、卑怯者め!」


 一瞬だけアリシアの残念そうな顔がホログラムに映った。




 そして、ホログラムが消えると同時に、再び超音波の攻撃が始まった。



 強力な音の振動が兵士の内臓を揺さぶり始める。


 地面に倒れる者、立ち尽くして動けなくなる者、仲間に助けを求める者など、戦意を喪失した者たちがあらわれる。


 兵士が苦悶の声をあげるが、増大する音でかき消される。



 音響による攻撃は、兵士の心体を徹底的に苦しめ、戦意を完全に削ぎ落とした。


 メドリカ軍の兵士は、誰一人として起き上がることができなくなっていたのだ。



「……わ、分かった。退却するからもう止めてくれ。本国に帰還する……」


 指揮官が悲鳴をあげて退却を宣言すると、音の大きさも小さくなっていった。



 これ以上進めなくなったメドリカ軍は退却せざるをえなくなり、すごすごと自国へと引き返していった。




 その様子を見ていたバルザードが、威力の大きさに嘆息する。


「恐ろしい攻撃だな……。ステ坊にもらった高級耳栓を付けていても、身体全体で音の攻撃を喰らってしまいそうだぜ」



「ステラは音響兵器という名前だと言っていたわね。こんな攻撃方法なんて今まで考えたことも無かったわ」


「でも、この攻撃は敵味方が入り混じった戦場では無理ですぜ。自分たちまでやられちまう」



「そうね。でも今回は、おかげでメドリカ軍を退けることができたわ。あとはゴンドアナ軍とタシュバーンね」


 大きな役割を果たしたアリシアの顔に、いつもの笑顔が戻っていた。





 セドナの東側では、タシュバーン軍が国境に近づき、いよいよ攻撃が迫ってきていた。


 エルトベルクには、タシュバーン軍にさける戦力は持っていない。



 セドナの新市街に立て籠もっていたカズヤは、タシュバーン軍をどうやって防いだらいいのか悩み続けていた。


「我が軍の進撃に困っているようだな」



「……シデンか」


カズヤの後ろにシデンとゼーベマンが立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る