080話 苦境


「我が軍の進撃に困っているようだな」


「……シデンか」


 カズヤの後ろにシデンとゼーベマンが立っていた。他の黒耀の翼のメンバーの姿は見えない。



「お前が望むなら、俺がタシュバーンの進撃を抑えてやってもいい」


「わ、若、何を仰るのです!? めったなことを言うものではありませんぞ!」


 シデンの提案を、ゼーベマンが必死に止めようとする。



「シデン、どういうつもりだ? お前はアビスネビュラの一員じゃないのか」


「確かにそうだ。だが、自国に利益がない戦いをするつもりはない。はっきり言うが、裕福でもない小国エルトベルクを攻めたところで、我らタシュバーンが得るものはほとんど無い。どうせ奴らの命令で、無理やり兵士を出さざるを得ないだけだ」


 シデンの言葉に嘘はない。ゼーベマンが慌てふためいている。



「そんな無益な戦いで自国の兵士を犠牲にしたくはない。出撃しろという命令なら、戦っている振りをしてにらみ合っていればいい。それ以上は爺がうまい理由を考えてくれるさ」


「若~、無茶をさせんでくださいよぉ……」


 ゼーベマンが泣きそうな顔になっている。



「お前に借りを作るのは癪だが、その話が本当なら助かる。タシュバーンの進軍を止めてくれるか?」


「お前たちにはエイプ戦での借りがあるからな。なに、国境付近でウロウロしていればいいだけだ」


 シデンはにやりと笑うと、踵を返して離れていった。その後をゼーベマンが慌てて追い掛ける。



 カズヤには、今までの言動からシデンへの信頼が少なからず生まれていた。奴が言うことは信用できる。


 これでタシュバーン軍を心配する必要は無くなった。





 残されたのは、ゴンドアナ軍との戦いだった。


 衛星の攻撃をうけて指揮官を失っても、やはりゴンドアナ軍が退却する様子はない。指揮官を変えて再び進軍を始めている。



「まだ敵との距離があるうちに、以前やってみた催眠ガスを試してみないか。また効果があるかもしれない」


「すでに対策されているような気はしますが。やってみますか?」


 カズヤの提案を受けて、ゴンドアナ軍にF.A.フライトアングラーを使って催眠ガスを散布する。




 だが、前回と同じ攻撃なのですぐにバレてしまった。


 魔法使い部隊による風魔法で散らされてしまい、ほとんどの兵士に効果が無かった。


 そのうえ、催眠ガスをこちらの方へ飛ばされて影響が出てきたため、これ以上使うことができなくなった。



「前回は相手の睡眠不足を誘ってからの初めての攻撃でした。やはり対策されてしまうと効果ありません」


 催眠ガスは前回の戦闘の決定打になった攻撃だ。さすがに敵も対策をしている。


 2度目の同じ手は通じなかった。


 乱戦になると自国の兵士にも影響がでるので、今回は使えないことが確定した。




「それとマスター、残念な報告があります。以前解放した捕虜のうち、1000人ほどが敵国の兵士として戦場に戻ってきています」


「……そうか、仕方がない。あれだけ警告したんだ。今度は容赦はできないな」



 やはりステラが言っていたことが正しかったのか。


 温情をかけて助けてあげても、相手がその恩義に応えてくれるとは限らない。カズヤにとっては、ある程度覚悟していたことだ。この結果を受け入れるしかない。



 こうしている間にも、ゴンドアナ軍対策の城壁が次々と完成していった。


 何もなかった街道上に、高く長い幅1kmにも渡る城壁ができあがっていた。




 そして次の日、ゴンドアナ軍が建築した城壁にたどり着いた。


「な、なんだ、この壁は!? 進路上に延々と繋がっているぞ」



 ゴンドアナ軍の先頭の部隊は、目の前に現れた巨大な建造物に戸惑った。


 壁の向こうは見通せず、迂回しようにも終わりが見えないほど壁が続いている。



 ゴンドアナ軍があっけにとられている最中、エルトベルク側から戦闘を仕掛けた。


 魔法が使えなくなった者は、城壁の上から石や弓矢で攻撃する。城門を開けて騎士や兵士が地上戦をしかけて、優勢を保ったまま引き返して来る。



 ゴンドアナ軍は、こんな所に城壁があることは知らなかったので、攻城戦用の武器が間に合っていないのが幸いした。


 まだ5倍近い戦力差があるので、エルトベルクの兵士は貴重だ。出来る限り最小の被害に留まるように戦い続けなければいけない。


 城壁をはさんで有利な条件で何度も攻撃を繰り返す。



 対策をねられる前に、相手の数を減らさなければいけない。


 始めは順調に戦況は推移した。


 エルトベルクの被害を最小限にしながら、着実にゴンドアナ軍の兵力を削いでいった。




 しかし、相手の数が圧倒的に多いのは変えられない。


 しだいに物量で押され始めて、徐々に突破される城壁も出てきた。


 アリシアは風魔法を使って、必死にゴンドアナ軍からの弓攻撃を防いでいる。



 通常なら城外から飛んでくる弓矢を、魔法使いによる風魔法で蹴散らすことができた。


 だが、ほとんどの魔法使いが魔法を使えない。エルトベルクの弱点がここでも出てしまっていた。



「……私たちの魔法だけでは、とてもじゃないけど防ぎきれないわ」


 幸いにも、以前と変わらず魔法を使える魔法使いが、ごく少数いたが、とてもではないが人数が少なすぎる。


 ゴンドアナ軍から大量に飛んでくる弓矢を、彼らだけで防ぐのは不可能だった。



 次の日には城壁が突破され、ついにセドナ近郊にたどり着く敵兵が現れたのだった。

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