076話 スパイ活動


 シデンの光る刀身が、凄まじい破壊力でロードエイプを襲った。


 ロードエイプは咄嗟に腕をだして身を護ろうとする。



 しかし、直撃すると同時に剣のスピードが加速した。


 シデンはためらいなく腕ごと斬り落とすと、更に勢いを増してロードエイプの心臓をとらえた。



 銀色の猿王は断末魔の叫びをあげる。


 倒れ込んだ巨体の上からイグドラが乗りかかると、剣を突き立ててとどめをさした。



 ロードエイプはピクリとも動かない。


 ステラの活躍が加わったおかげもあり、黒耀の翼はSランクモンスターを倒したのだった。




 最後を見届けると、シデンは満足そうに剣を鞘に収めた。


「お前たちのおかげで、目的の魔物を討伐することができた。感謝する。この借りは必ず返そう」


 シデンは剣を収めながらカズヤたちを見る。その口元が少しだけ緩んでいるように見えた。



「やはり、このステラという女性は有能じゃな。リオラの翼のモフモフにしか興味を持たないのかと心配していたが、魔物の生態や情報の把握が正確じゃ。遠距離攻撃だけでなく剣術も優れているので、サポート役にも前衛にも向いている」


 ゼーベマンがステラを見ながら、感心したように褒めた。



 ステラは無言のままこちらを見ている。


 このままカズヤが何も言わなければ、今まで通り黒耀の翼と一緒に立ち去るつもりだろう。



 思わずカズヤは駆け出した。


「……ステラ!! 捕虜の件では頭ごなしに命令してすまなかった。お前がいないと困るんだ。またこっちへ戻ってきてくれ!」


 カズヤの悲痛な叫び声を聞いて、ステラの表情が変わる。



「……私がいないと困るんですか?」


「当たり前だ! 困るし寂しいし……、お前が必要だ。俺たちのところに戻ってきてくれ!!」


 冷静な表情のステラが、カズヤをじっと見つめていた。



「……分かりました。マスターがそこまで言うのなら、私のスパイ活動も終わりですね」


 ステラは黒耀の翼に借りていた武器を、その場に投げ捨てた。




「それでは、私はこのパーティーを抜けますので」


 周りがあっけにとられるなか、ステラはたんたんとした表情で黒耀の翼に挨拶する。


 そして、カズヤの方に走り寄ってくると、カズヤの後ろのいつもの態勢に居直った。



「な、何を勝手なことを言うのじゃ。この前入ったばかりではないか!」


 ゼーベマンが慌てた様子で引き留める。



「いつでもパーティを抜けられる約束のはずですよ」


 まるで何でもないことのように、すました表情でステラが答える。



「そんな自分勝手な理由が通用するはずないじゃろう!」


「私も、もう少しスパイ活動を続けるつもりだったんですけど。マスターにあんな泣き言を言われたら、戻らない訳にいきません」



「な、スパイ活動じゃと……!?」


 ゼーベマン以外のメンバーは、ステラの行動に文句をつけてくる様子はない。



 シデンに限っては、面白いものを見たという風に楽しげですらあった。


 ゼーベマンだけが激しく悪態をついていたが、黒耀の翼は大人しくその場を去っていった。




 ステラは今まで通り、当たり前のようにカズヤの隣に立っている。


「ステラ。お前、黒耀の翼に入ったんじゃないかったのか?」



「もちろん、仲間になったフリですよ。どうでしたか私のスパイ作戦は?」


 想像もしていなかった理由に、カズヤは言葉も出ない。



「マスターが、彼らの詳しい情報が知りたいと言っていたじゃないですか。ボットたちを仕向けるよりも、多くの情報を手に入れましたよ」


 アリシアとの会談の後で、自分がそんなことを言っていたのを思い出した。



「アビスネビュラや隣国の皇子の情報なんて、是非とも知りたいことじゃないですか。こういう仕事は私が一番向いていると思ったんです」



「それはそうかもしれないけど……。ただ、ひと言でも断ってから行けよ。本当に仲間になってしまったと思って」


「敵を騙すにはまず味方からです。それに、マスターがどんな反応するのか見たかったんです」



「そりゃあ、困ったよ。途方にくれた」


「そうですか、困ったんですか。それなら良かったです」


 何が良かったのか分からないが、ステラの顔がさらに明るくなった。




「ステラにきちんと謝っておかないと。捕虜の件では一方的に命令してすまなかった。俺の意見は変わらないけど、もっとちゃんと説明するんだった」


 カズヤは頭を下げた。



「別に全く問題ありませんよ。私がマスターの命令に従うのは当然です。それよりも、私を必要だと思ってくれた方が嬉しいです」


 言い過ぎたと思ったのは、カズヤ一人の勘違いだったのか。返答に困って突っ立っている、



「それよりも、さっきの『本当に仲間になってしまったかと思って……』の続きは何ですか?」


「い、いや……」


「不安だったんだ」と言いかけたカズヤは、自分が大きく安堵していることに気が付いた。



「もしかして、私が本当にマスターの元から離れたと思ったんですか? 私はマスターを変えるつもりはありませんよ」


 変えるつもりがない、ということは自分の意思で選んでいるということか。



「……ザイノイドは自分でマスターを変えることができるのか?」


「当たり前じゃないですか。人間種ほどではありませんがザイノイドにも権利はあります。軍隊に所属している私は他のザイノイドよりも制約は大きいですが、マスターや任務を選ぶ権利はあります。一方的に命令されるだけではありませんよ」



「……ということは、ステラはなぜ、俺を選んでくれたんだ?」


「それは……。ナイショです!」


 ステラは笑って教えてくれなかった。


 カズヤもそれ以上は踏み込むことはしない。とにかく、こうしてステラが、再びカズヤのもとに戻って来てくれたのだ。



「マスターの元に戻ってきたので少し落ち着きたいところですが、そうも言ってられません。今すぐ対応するべきことが山ほどあります」


 魔物の暴走を退けたばかりだというのに、ステラは表情を引き締めた。



「マスター、すぐにアリシアとバルちゃんを、ここに呼んでください。大至急です」


「いったい、どうしたんだ!?」



「ゴンドアナ王国からの軍勢がセドナに迫っています。それだけでなく、タシュバーン皇国とメドリカ王国の軍勢も、我が国に向けて進撃しています」


「……なんだって!!?」



 予想もしていなかった事態に、カズヤは言葉を失った。

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