074話 待ち望んだ敵

 

 セドナを守る兵士の混乱を尻目に、魔物の襲撃はすでにセドナへ到達している。


 城壁を乗り越えようと突進してきた。



 魔法が使えない者たちも、慌てて目の前にある武器を手に取って応戦する。


 すぐに兵士を動員するが、魔法が使えなくなった衝撃もあり後手に回ってしまった。



 もちろん、ふだん魔法を使っている者が、いきなり剣や弓を渡されても使いこなせる訳がない。


 もともと魔法使いだった者たちは、魔力には自信があっても腕力には自信がない者が多いのだ。




「あ、あそこは……!?」


 避難のために一般人を誘導していたカズヤは、嫌な光景を見てしまう。



 新市街を取り囲んでいた壁のうち、南側で1箇所だけ門扉にしていた場所が魔物の激しい攻撃を受けていた。門扉だけ木で作られていることに気付かれたのだ。


 やがて耐えられなくなった門扉は破壊されて、大量の魔物が新市街のなかに流れ込んできているのだった。



 一般人を守っていたカズヤは、街に大量になだれ込む魔物を見ることしかできない。


 作るのには時間が掛かるが、壊されるのは一瞬だ。



「せっかく、ここまで作り上げたのに……」


 自分たちで悩み、考え、汗をかいて作った街がむなしく破壊されていく。このまま上手くいくと、少し甘く考えていたかもしれない。



「ただ、落ち込むのは後にしないと……!」


 大挙して押し寄せてくるのは恐ろしいが、敵はしょせん魔物なのだ。


地面の崩落の衝撃に驚いて、あたり構わず攻撃しているだけだ。興奮状態にあって組織だった攻撃という訳ではない。



 エストラからの移住者の警護や新首都の建設のため、今のセドナには首都エストラよりも多くの兵士がひかえている。


 大量の魔物の襲撃ではあるが、落ち着いて対応すれば問題なく撃退できるはずだった。




 その予想通り、兵士たちの頑張りによって魔物たちの数は徐々に減っていく。


 魔物たちは統制されて攻めてきている訳ではない。自らの身の危険を感じて不利をさとると、無理せずに撤退しはじめていた。



「おい、何で魔法を使わないのじゃ!? 魔物の攻撃に押されているではないか」


 気が付くと、近くに黒耀の翼が近寄ってきていた。


 そのなかにステラがいるが、今までのように無表情で、こちらに対して何のリアクションも返してこない。



「エルトベルクの兵士たちが魔法を使えなくなったんだ。お前たちは変わりないのか!?」


「なんと、そんなことが。儂たちには変わりはないぞ。どうせ逆らった罰があたったんじゃろう」


 完全に他人事であるゼーベマンの嫌味も相手をする気にはなれない。




「ん……、何だこいつは!?」


 ふとカズヤが気が付くと、一匹の巨大な魔物が建設中の壁の上に登ってこちらを見つめていた。



 巨大な茶色い猿のような外見をしていて、目が赤く不気味に光っている。


 鼻の下にある長く太い牙が威圧感を増していた。音も立てずに壁の上まで軽々と登れるほどの筋力を持っているのだ。



「奴がギガントエイプだ! やはりこの周辺に居たのか……!」


 先頭にいたシデンは、探していた獲物を見つけたことに興奮していた。



「こいつが我が国の国境の街を襲った奴に間違いない。全員、こいつを倒すのが最優先だ!」


 シデンが黒耀の翼のメンバーに指示を出す。黒耀の翼とギガントエイプとの戦闘が始まろうかとしたその時、



「お……おい、後ろを見ろよ!」


 突如バルザードが叫び声をあげる。


 既に現れていたギガントエイプの後ろに、もう2回り以上も大柄な個体が現れていた。



 威嚇するようにこちらを睨みつけ、見た目も雰囲気も、前方のギガントエイプとは大きく異なっている。


 その魔物は銀色に輝く毛皮を身にまとっていた。金色に光る眼差しは森の主であること示すかのように威厳に満ちている。


 ギガントエイプよりも更に太く強靭な腕を持っていて、一目見ただけで凄まじい力を秘めていそうだ。




「あれはギガントエイプの変異種ロードエイプじゃぞ! おそらく名前持ちのSランク、銀色の猿王ですじゃ」


 ゼーベマンの声がかすかに震えている。



「くそ、ここで背を向ける訳にはいかん。2体ともここで仕留めるんだ!」


 シデンが再度、黒耀の翼に檄を飛ばす。



 指示を受けるメンバーには、ステラの姿もある。


 いつもカズヤの隣にいたステラが、他人と共に戦おうとしている姿は、見慣れない光景だった。



 そのとき、ステラがちらりとカズヤの方を見たように感じた。しかし、確認する間もなく戦闘が開始された。


 しかし、2匹のエイプの周りには他の魔物たちも溢れている。さすがの黒耀の翼もエイプたちに集中できず苦戦していた。




「あいつらを放っておくわけにもいかないな。バル、俺たちも加勢するぞ!」


 黒耀の翼とステラの攻撃に、カズヤとバルザードも援護することにした。



「おいシデン、加勢するぞ! どっちの相手をすればいい!?」


「手助けなど要らぬと言いたいところだが、正直ありがたい。俺たちはあのデカい変異種の方を片付ける。お前たちは小さい方を引きつけて欲しい」



「分かった。引き付けるだけでなく倒しておいてやるよ」


 シデンはニヤリと笑うと、単身で銀色の猿王に向かっていった。黒耀の翼のメンバーがその後を追いかけた。



 残されたギガントエイプと、カズヤとバルザードは向き合った。

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