068話 ステラの離反


「……分かりました。マスターの命令に従います」


 カズヤが命令した瞬間、ステラの表情がスッと一変した。



 人間的な感情が失われて、機械的で冷めた顔に変わる。


 命令に従うのは、感情を持つステラの本意ではないのだろう。カズヤとのいつもの関係では無く、マスターと従者という主従関係が明確に現れてしまった。



 二人の間に気まずい空気が流れる。今までに、ここまで意見がわかれたことは無かった。


 カズヤはステラの目を見ずに、その場を離れた。




 最終的な決定は国王の判断待ちにはなるが、捕虜の扱いは戦闘を任されているアリシアが決定することになる。


 話を聞いたアリシアも、カズヤの意見に同意した。



 カズヤは施設まで出向くと、捕虜たちに今回の経緯を話した。


 ゴンドアナ王国の本国に見捨てられたことと、メドリカ王国の国境で解放することを伝える。そして、再び兵士となってエルトベルクを攻めてきたときには、容赦しないことも伝えておく。



 捕虜たちから自国への恨み節も聞こえてきた。


 カズヤは厳しい表情で伝え終えると、残りの事務的な処理はアリシアに任せた。エルトベルクの兵士たちが国境付近まで輸送し、そこで解放する流れになった。



 捕虜の扱いは決まったが、カズヤとステラの間には大きなしこりが残ってしまった。


 今回の件では、カズヤはステラとの意見の違いを受け入れることが出来なかった。



 このことが悲劇を生む原因となってしまったことに、カズヤは後々気付くのだった。





 新市街では、いつものように建設用ボットがブロックを作り、それを人夫たちが運んで積み上げていく。



 建設は順調に進んでおり新市街の建物ができあがってきた。


 完成した建物の場所に応じて、エストラに住む市民に声をかけて移住を提案していく。



 初めは渋っていた市民も多かったが、一人二人と近隣の住民が引っ越す様子を見て、提案に乗ってくる市民も増えてきた。徐々にセドナの新市街にも住人が増えてくる。


 その様子を黒耀の翼は、驚きながら見ていた。



「ねえ、カズヤ。ステラの技術を見られても大丈夫なの?」


 アリシアが心配そうな顔でカズヤに尋ねてくる。


「まあ、大丈夫だと思うよ。魔法や魔導具とは技術の方向性がまるで違うから、どんな仕組みか全く理解できないはずだし」



 黒耀の翼が建設用ボットの前で、立ち止まって作業を眺めていた。


「この魔導具は一体どんな仕組みになっておるんじゃ?」


 ゼーベマン伯爵が建築用のボットを、炎の魔法で軽くあぶりだした。



「おい、こらジジイ! 何をやってるんだ」


 バルザードが伯爵を怒鳴りつける。



「こんな不思議な魔導具で攻撃されたら、たまったもんじゃないだろう。おい小僧、カズヤとか言ったな。お主が動かしているのか?」


「俺じゃない、その女性が動かしてるんだ」



 ゼーベマンは紹介されたステラを興味深そうに見ると、勝手に声をかけてきた。


「もしお嬢さん、そなたがこれらを動かしているのか?」



「そうですけど、別に私の指示が無くても自律して動けますよ」


 ステラはあからさまに答えたくなさそうな態度で返答する。



「たった一人でこんなことができるのか!? そなたはどうやら素晴らしい魔導師のようだ。ぜひ私たちの国に来ないか? 最高級の待遇で迎えてやるぞ」


 ステラの技術を目にして、急に引き抜きが始まった。



「おいおい、勝手な勧誘はやめてくれないか」


 やりとりを聞いていたカズヤがさえぎる。



 先日の捕虜の件で険悪な雰囲気になってしまって以来、カズヤとステラの関係性はあまり良くない。


 しかし、さすがにステラがこんな勧誘を受けることは無いはずだった。




 しかし、ステラは少し考え込んだ様子を見せている。


「……分かりました。いつでも、私の好きな時に抜けていいなら、あなたたちのパーティに入ってもいいですよ」



「お、おい、ステラ! 本気か!?」


 思わぬ回答にカズヤが動揺する。ステラはそんなカズヤの声が聞こえない振りをしている。



「もちろん大丈夫じゃ! 若、聞きましたか!?」


 思いがけず良い返答を聞けたゼーベマンは、興奮して声がうわずる。



「そなたには最高級の国賓の待遇を保証しよう。わしらについて来るがいい」


 ゼーベマンは満足そうに答えると、ステラの手を取るとその場を離れていく。ステラはこちらを見ずに黒耀の翼と一緒について行ってしまった。



「ちょ、ちょっとステラ待ってくれよ! いきなりどういうことだ!?」


「すみませんが、私はもう黒耀の翼の一員なので」


 腕を掴んで引き留めようとするカズヤの手を、ステラが無情に振り払う。



 カズヤたちは呆然と見送るしかなかった。


「お、おい。ステ坊がいなかったら、機械は大丈夫なのか!?」


 バルザードが慌ててカズヤに尋ねる。



「すぐに困ることは無いと思うけど……」


 ボット達は自律して作業しているから、今の作業を続けるだけなら問題は無い。



 しかし、これから予定の変更やボット達の指示が必要になることもあるだろう。


 それをステラ任せではなく、全てカズヤ自身で行わなくてはいけない。



「あ、そうだ。こういう時こそ、あれを使おう」


 〈お、おい、ステラ。聞こえるか。本気なのか!?〉


 慌てたカズヤは、内部通信インナーコネクトでこっそりとステラに真意を尋ねる。



 〈……疑われると困るので遮断します〉


 〈あ、ちょっと、待っ……〉


 ステラはカズヤの質問には答えず、内部通信も断られてしまった。



 カズヤは何度も問いかけるが、ステラは最後まで返答してくれなかった。

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