061話 ウミアラシ

 

 四人は急いでセドナに向かうと、ウミアラシと呼ばれる魔物を探した。


 すると、探すまでもなかった。セドナの南方の森に、身体全体が樹からはみ出した巨大なカメに似た魔物が姿を見せていた。



「こ、こいつか! とんでもなくでかいな……」


 その大きさに驚いた。まるで大きなビルが動いているようだ。近くで見ると大きさに圧倒されてしまう。


 大木を何本も集めたような太い足が6本もあり、背中には山のような甲羅が乗っている。甲羅の表面はごつごつと尖って生えているので、まるで岩山のようだ。



「このウミアラシとかいう魔物は狂暴なのか?」


「いや、刺激しなければ自然と海へ帰ってくれるはずだ。だが怒らせると俊敏だし手がつけられなくなるぜ」


 ウミアラシは大人しそうに森の樹を引っこ抜いて食べている。その様子は穏やかな草食動物のようにも見える。



「何だか可愛らしいですね。ペットのカメさんみたいです」


 可愛いもの好きのステラの心を掴んだようだ。カズヤも、水槽で見かける愛くるしいカメが大きくなったように思えてくる。



「あんな巨体を見て可愛いと思えるなんて凄いわね。私には恐怖としかうつらないわ」


 目をハートにするステラを見て、アリシアが信じられないという表情をしている。



 カズヤはウミアラシの巨体を見て、あることを閃いた。


「バル、このウミアラシの好物が何かわかるか?」



「好物? 雑食だから何でも食べるって話だが……。そんなことを聞いてどうするんだ?」


「そうか。いや、ちょっと思いついたことがあるんだ」



 カズヤはこの一帯を開拓するのに、このウミアラシという巨大な魔物は都合がいいかもしれないと直感したのだ。


「ステラ、こいつの餌になりそうな物をたくさん用意してくれないか。雑食で何でも食べるそうだ」



「カメさんの餌になるような物ですか。分かりましたけど……。マスター、いったい何をするつもりですか?」


「鬼ごっこだよ」


「……はい?」


 一緒に聞いていたアリシアとバルザードも目が点になっていた。




 急遽ステラに用意してもらったウミアラシの餌をウィーバーの後ろにくくりつけると、カズヤはウィーバーに乗ってウミアラシの目の前で気を引いた。


 ウミアラシの視界に入るよう、食べ物を釣り餌のように見せびらかす。果物がなっている木や、死んだ魔物をくくりつけた餌をチラつかせた。



 すると、ウミアラシは面白いようにカズヤの後をついて走ってきた。当然ながら、ウィーバーの速度にウミアラシが追いつくことは無い。


 カズヤのアドバンテージは疲れを知らないことだ。この巨大なカメの魔物と長時間鬼ごっこをして、周辺の木を切り倒してもらうつもりなのだ。



 ウミアラシが通り過ぎた後には、倒れた樹や破壊された岩が転がっている。


 アリシアたちは、カズヤとウミアラシから一定の距離を取ったところで、人間と巨大な亀との追いかけっこという異様な光景を見守っていた。




「……よくあんなこと思いついたわね」


「まったくですな」


 アリシアとバルザードは完全に呆れていた。



 ドスドスと大きな足音と振動が周囲に鳴り響いている。


 はじめは気が気でなく心配そうに様子を伺っていたセドナの住民たちも、ウミアラシが街を襲って来ないことがわかると、やがて見世物を見るかのように楽しみ始めた。



 10万もの人が住む街を作るには、周囲の森を開拓する必要がある。いくら平地が広がっているとはいえ、大量の樹が生えたままだったり岩石が転がっている土地は、そのままでは利用できない。


 セドナ周辺を、避難先として「土地」を確保できても、それが人間が住める土地であるかどうかは別の話だ。



 カズヤはどうやってセドナ周辺の森を開拓するのか考えていた。宇宙船に備え付けられている設備やステラの装備を聞いても、大規模に開拓できるような装置は持っていないという。


 そんな時に、このウミアラシに出会ったのだ。大量の樹を倒して岩を破壊しておけば、今後の開拓はかなり楽になるはずだった。






 丸1日鬼ごっこを繰り返すと、周囲の地形がかなり拓けてきた。


「……おっと」


 長時間追いかけっこを続けているうちに、カズヤは何度かウィーバーから落っこちてしまった。



 しかし、それでもウミアラシに襲われることはなかった。


 ウミアラシはじっとカズヤが乗るのを待つと、再び餌を求めて追いかけてくる。それは魔物としての敵意は無く、お互いにまるで楽しんでいるかのようだった。



「この感覚、なんか覚えているぞ!」


 カズヤは、小さい頃に飼っていたペットの犬を思い出した。


 今のウミアラシのようにカズヤが走るのを待って追いかけてくる。いいタイミングでご褒美の餌をあげれば、ペットとの散歩と変わりがない。



 思わずカズヤの口から笑いがこぼれた。


 二人だけの散歩が、お互いに楽しくて仕方がなくなってきたのだった。

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