050話 サルヴィア教会
旧首都エストラから新首都セドナへの遷都に、一番難色を示したのが、サルヴィア教のエストラ教会支部だった。
教会はギルド組織ではないが、国家をまたいだ大きな影響力を持っている。
この世界にはたくさんの宗教が存在しているが、もっとも普及しているのがこのサルヴィア教だ。旧首都であるエストラでも、約7割の市民が信仰している。
教義としては、この世界をかつて救済したと言われる絶対神サルヴィアを崇拝する一神教だ。
数百年前に人々を大災害から救ってくれた4人の天使とサルヴィアへ、日ごろから感謝することを教えている。
教会支部長はアリシアの話を聞くや否や拒絶を示し、遷都には協力できないと伝えた。それどころか、このままエストラに残って住み続けると主張したのだ。
「私がこの場所に住んでいるのはサルヴィア様からの運命だと感じています。政治的な理由で移住することは考えられません」
アリシアがこの街の地下の構造を説明して、危険性を強調しても首を縦に振らない。アリシアは説得を諦めて教会を後にするしかなかった。
たしかに、宗教や信条は別としても、他にもエストラに残りたい人々はいるのかもしれない。
安全性を理由にしても、市民全員の移住を強制できないことを思い知ったのだ。
*
「それで、遷都後のエストラはどうする予定なんだ?」
帰ってきたアリシアから教会訪問の話を聞いたカズヤは、疑問に思っていたことを尋ねた。
「本当は危険だから立ち入り禁止にしたいけど、移住したくない人たちの為に残しておく必要があるかもね。どのように統治したらいいのか分からないけど……」
「命の危険があって移住するのですから、エストラを強制的に壊してしまったらどうですか?」
悩んでいるアリシアを、ステラがばっさりと一蹴した。
「確かに、それもありな気はするが……。崩落の空洞を見ても、それでも住みたい人がいるのなら、無理に排除することはできないかもな」
遷都するのは統治上のやむを得ない判断だが、全ての人を強制するのは違うかもしれないとカズヤは感じていた。
宗教や信条、愛着などの理由で残りたい人がいるかもしれない。危険であると警告したうえで住みたいのなら、その人達の判断は尊重されても良いはずだ。
「ところで、セドナ旧市街の隣に新首都を作るのよね。どういう街を作るの?」
アリシアが頭を上げると話題を変えた。
反旗を翻したエルトベルクを、アビスネビュラが放っておかないことは間違いない。その前に、できる限りの準備をしておこうと相談していたのだ。
カズヤは、次の土地への移住計画を立てて実行することを頼まれていた。
いったんはエルトベルクの官僚たちが遷都計画を担ったのだが、あまりの大事業に何から手をつけていいか分からずに音をあげてしまった。
さらに、ステラの技術を提供してくれるという話になると、カズヤにお願いするのが一番分かりやすかったのだ。
「遷都先の街の地理が分からないと困るだろうから、どうせならエストラと全く同じ配置しようと思ってるんだ。そうすれば迷うことはないだろう?」
「なるほど、それは良い考えね!」
アリシアにもその狙いが伝わったようだ。
エストラは平らな土地の上に作られた都市だ。平坦な土地さえあれば、同じような配置で作ることは可能なはずだ。
新首都セドナが今まで住んでいた街と同じ配置なら、自分の家の場所の目星もつくだろう。住んでいた家や街がそのままの姿という訳にはいかないが、場所が同じであれば少しは愛着が湧くかもしれない。
「ステラ、エストラの今の住人の数はどれくらいになったんだ?」
「61790人ほどです。街の出入りがあるので若干の誤差はありますが」
最初に訪れた時にはエストラの市民は、7万人くらいいたはずだ。
今回の騒動で街を出てしまったのかもしれないが、ざっくり10000人近くの人が犠牲になってしまったということだ。
「移住を希望しない人がいるかもしれないけど、余裕を持って全員が移住できるくらいの規模は必要だな。それどころか、今後の発展を考えたら10万人規模の街を作ってもいいかもしれない」
「そうね、私もそんな国作りがしたいわ。ただ問題は具体的にどうやって建物を建設するかよ。建築関係の人材は、技能や人数も限られているし費用だってかかる。残念だけどエルトベルクは裕福な国では無いから、無制限に作れる訳では無いわ」
現実的な話を持ち出すと、アリシアは悩まし気に頭をおさえた。
「ステラ、宇宙船のなかに建設用のロボットはどれくらいあるんだっけ?」
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