048話 アリシアとステラの競演
「あれ、いつものメイド服と違うのか?」
カズヤは、ステラの服装がいつもと違うことに気が付いた。
「いつ気付いてくれるのかと期待してたんですが。昨日から変えていますよ」
「そ、そうだったのか。いつの間に服を買いに行ってたんだ?」
ステラの衣装がえに気が付かなかったカズヤは、慌ててつくろった。
「あの店には常にバグボットを置いているので、新作が入荷されたらすぐに分かるようになっています」
「そ、そうか。それは便利だな」
バグボットのもったいない使い方とは、カズヤには口が裂けても言えなかった。
「……それにしても、街の様子はいつもと変わらない気がするけどな」
エストラの街に目をやりながらカズヤはつぶやいた。表面的な街の賑わいや人々の表情を見る限り、今までの様子と違いを感じなかった。
「そうね、表面的にはいつもと変わらないように見えるわ。でも、先日の惨事から目を背けて、現実を直視したくないだけかもしれない。これから街ごと引越しするなんて、普通なら想像もできないことよ」
アリシアが市民の気持ちを想像しながら代弁してくれる。
「バルの目にはどう映るんだ?」
カズヤは、アリシアの後ろにいるバルザードに尋ねた。バルザードへの呼び方も、より親し気な”バル”に変わっている。
「俺様には街の様子はいつもとは違って見えるけどな。俺たちの様子をうかがいながら心配そうな顔で見ている。また何が起こるんだろうと、不安を隠しているように見えるぜ」
バルザードは、街ゆく人の顔を眺めている。
「皆には移住という辛い決断をお願いすることになるわ。こんな時ほど意識して明るく振舞わないとね。遷都をお願いしている私たちが、暗い顔をしていては駄目だわ」
アリシアが自らを鼓舞するように笑顔を作った。
そして、いつものような快活さと気さくさを持って、街なかを歩いて行く。
崩落という大きな災厄が降りかかった時から、アリシアはエストラの住人を励ますことを続けていた。
※
歩き回っている四人が街の広場を通りかかったときに、広場の隅でバイオリンのような弦楽器を演奏している男性を見つけた。
数人の市民が男性を取り囲んで演奏を楽しんでいる。
こんな時でも音楽を聞くと心が癒されるのは、人間もザイノイドも同じだった。
演奏を眺めていたアリシアは、ふと思いついたように演奏している男性に近付いていった。
「そっちの楽器を貸してもらえる?」
アリシアは男性の横に置かれていた楽器を手にした。
アリシアに気付いた男性は驚きながらも、快く貸してくれる。
すると、すぐさま男性顔負けの見事な演奏を披露しはじめた。あまりに見事な腕前に、一緒に演奏している男性も驚いている。広場に響く美しい音色に、街を歩く市民も足を止めていた。
さすがはお姫様だけのことはある。幼少期からの教育の成果だろうか。演奏しているアリシアを見ようと、先ほどよりも人の輪が大きくなっていた。
「楽器が演奏できるっていいよな」
カズヤは憧れの気持ちがこぼれてしまった。子どもの頃から楽器の習い事をしたことがなかった。楽器を演奏することに少なからず憧れを持っていたのだ。
「何がいいんですか?」
「心が癒されるじゃないか。それに聞いている皆も楽しそうだ」
ステラの問いに、カズヤは素直な気持ちを口にした。自分も何か楽器が弾けたら良いのにと、今まで何度思ったことだろうか。
ステラは、そんなカズヤの横顔をしばらく見つめると、おもむろに歩き出して、無言で男性の隣においてあるもう一つの楽器を手にした。
「ステラ、その楽器を知っているのか!?」
「見ていれば、弾き方くらい分かります」
ステラは初めて弾くであろう楽器を、見よう見まねで構えだした。初めは様子を見るように小さな音でリズムを取る。
そして慣れてくると、すぐにプロ並みの演奏を見せ始めた。目にも留まらない速さで弦を押さえて、反対の指で弦を素早く弾く。
演奏していた男性は驚いて手を止めると、一緒に手拍子を始めた。
「すごいなあ……」
思わずカズヤの心の声が漏れてしまった。
ステラは身体の全てが機械でできているザイノイドだが、カズヤは人間のときのままの脳や神経系を使っている。ザイノイドではあるものの、根本的な思考や判断力は人間の時と変わらない。
腕力や脚力といった能力はステラと遜色ないのだが、情報処理や記憶力といった点では遥かに劣ってしまう。
視覚センサーで取り入れた情報を解析して、その動きを身体の各部に伝えて演奏する能力は、カズヤにはなかったのだ。
ステラの演奏を聞いてアリシアも興が乗ってきた。負けじと楽しそうに弾き続けている。
最初はステラのアリシアへの対抗心から始まったが、演奏を続けているうちに二人は美しいハーモニーを奏で始めた。
お互いの音を聞きながら、二人は素晴らしい即興の曲を演奏する。周りに円形の人だかりができて、多くの市民が集まってきた。
(……どうしたんだ!? あれは誰が演奏しているんだ)
(アリシア様が演奏しているのよ。隣の女性もとても上手だわ)
二人が息のあった演奏を続けると、周りの市民たちからも手拍子が始まった。
それはとても軽快なリズムで、見ている人を笑顔にするような曲だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。