047話 戦場の葛藤

 

 戦いで人を殺すのは初めてだった。カズヤの心は大きく乱れていた。



 戦場とはいえ、目の前に倒れたのは生きた人間だ。喧騒の中にいるにも関わらず世界中から音が無くなったようだった。握りしめていた剣が一気に重くなったように感じる。


 襲撃を防ぐための戦いが現実の重さとなってのしかかってきた。剣を振るうということが、どれほど重い意味を持つのかを、この瞬間に理解したのだ。



 戦いとはこんなにも残酷なのか。


 しばらくの間、カズヤの心は葛藤と衝撃でいっぱいになり、何も考えられなくなった。



 だがカズヤの脳裏に、エストラにいる市民の顔が目に浮かんだ。自分が戦わなければ、もっと多くの人々が殺されてしまう様子が思い浮かぶ。


 敵を侵略するためではなく仲間を守るために戦うのだ。対抗しなければ蹂躙されるのは自分たちだ。アビスネビュラの支配から人々を救うためなのだ。



 自分の役割に気付いた時、カズヤの迷いはなくなっていた。


 剣を握りしめると、再び戦場へと向かうのだった。




 今日の戦闘が始まってから、すでにどれだけの時間が経ったのか分からない。こんな戦闘が、すでに何日も続いている。



 カズヤは早く陽が暮れることを願っていた。夜になると敵兵たちが自陣に戻って休息するからだ。


 相手が油断している隙に攻撃を繰り返す。休息の必要が無い、夜目が効くカズヤやステラたちザイノイドにとっては、暗くなってからが本領発揮の機会だった。



<……マスター、また敵の増援です。東の方向から300>


 ステラからの内部通信がカズヤの頭の中に響いた。次から次へと敵兵の数が増えていき、攻撃の手はゆるむ気配がない。



(アビスネビュラに反旗をひるがえすというのは、こういうことなのだ……)


 カズヤは自分たちが下した決断の意味を、嫌というほど味わっていた。


 エルトベルクという小さな国に、絶え間なく敵兵が襲い掛かってくる。この世界の支配者であるアビスネビュラに反抗するとは、まさにこういうことなのだ。



(この戦いに、決して負ける訳にはいかない)


 ザイノイドの身体には疲労が無かったが、カズヤの心はどんどん疲弊していった。



 死に対して麻痺していく心を必死で奮い立たせる。カズヤは休むことなく敵の脅威に立ち向かっていった。


(わずか15日前に、テセウスとの戦いが終わったばかりだというのに……)



 カズヤは、テセウスを捕まえた後のことを思い返していた。





 テセウスを捕まえてから3日経ったエストラの街では、崩落による災害とアビスネビュラの介入による後始末に追われていた。


 それは、日本で普通の会社員をしていたカズヤにとっては怒濤のような日々だった。



 気が付いたら異世界の森の中で倒れていたカズヤは、テセウス騎士団長に襲われて大怪我したところを、遥かに進んだ科学力を持つ宇宙船のロボットであるステラに助けてもらった。


 その後、エルトベルク王国の王女であるアリシアと、その護衛であるバルザードと知り合った。



 首都エストラでもアリシアへの襲撃が続き、ついには街の一部が崩落するという大惨事が起きた。それを仕組んだのが、この世界を支配するアビスネビュラという組織の一員であるテセウス騎士団長だった。


 空洞への落下により大怪我をしたカズヤは、ザイノイドというロボットとして生まれ変わり、テセウスの野望を阻止したのだった。




「エストラに限らず、この国の地下は穴ぼこだらけの空洞ばかりですよ」


 メイド服姿がすっかり馴染んできたステラの台詞を、カズヤは黙って聞いていた。



 見た目だけでいえば、まるで王宮専属のメイドのようでもある。もはや、宇宙船にいた頃のボディスーツ姿が懐かしいとすら思えた。


 時間で考えるとわずか数日前のことなのだが、この世界で過ごす日々の密度が濃いあまり、かなり昔のことのように感じてしまう。



 ステラの調査によると、元々この辺りの地下には多くの空洞があった。だから、エストラの街を建設する前には誰も住んでいなかったのだ。


「そうだったのね。知らずに過ごしていたのが信じられないわ」


 隣を歩いているアリシアがため息をつく。



「陛下はさっそく、移住のための食糧と物資を用意してくれているみたいだぜ。何万人分と必要だから果てしないんだが」


 後ろにいるバルザードが、国王の動きを教えてくれる。



 崩落が起きた次の日には、国王が旧首都エストラから新首都セドナへの遷都を正式に宣言した。エストラの街が今すぐ崩壊する危険はないが、安心して住める保証はない。


 新たな首都をセドナの近郊に建設することと、近いうちに大がかりな移住を行なうことが住人には伝えられた。



 しかし街を警備する兵士から、住み慣れた首都を放棄することに市民の動揺が見られる、と報告があったのだ。


 そこで市民の様子を見るために、カズヤとアリシアがエストラの街の中を巡回していたのだ。その後ろには、いつものようにステラとバルザードがついている。




「あれ、いつものメイド服と違うのか?」


 カズヤは、ステラの服装がいつもと違うことに気が付いた。

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