045話 第1章エピローグ
カズヤたちがテセウスを捕らえて、国王とアリシアを助け出す。
次第に広場の混乱は収まってきた。
「カズヤ、大丈夫!? テセウスの攻撃をまともに受けていたけど……」
アリシアが心配した顔で真っ先に駆け寄ってくる。
「ああ、大丈夫だよ。穴に落っこちたせいで、ステラと同じ身体に変わったんだ」
「そういえば顔は似ているけど、雰囲気が違うわね」
「ザイノイドという人種なんだ。でも、おかげで戦闘でも少しは役に立てそうだよ」
「少しどころか、テセウスを倒してしまったけどね……。それでもカズヤであることには変わりないのね、安心したわ」
アリシアの何気ない一言が、カズヤの感情を大きく揺さぶった。
(カズヤであることには変わりない)
その一言にカズヤは救われた気がした。
自分が人間だと主張できる部分は脳や神経ではなく、心だと思えたことがカズヤの傷ついた気持ちを癒してくれる。
「それにしても、テセウスは何でこんなことをしたのかしら。彼の性格を歪めてしまう経験でもあったのかしら……」
連れていかれたテセウスの方を見て、アリシアがポツリとつぶやいた。Aランクまで登り詰めたテセウスが、なぜこんな行動をとるのか理解できないのだ。
「別に珍しいことではないですよ。理由もなく自己中心的な振る舞いをする人間は、どこにでも存在します」
アリシアの疑問を、ステラがあっさりと否定してしまう。
「姫さんは優しくて常識があるから想像できないかもしれませんが、世の中には考えられない行動をとる人間もいるんですぜ」
バルザードもステラに同意する。二人が言っていることは同じだった。
どちらかというとカズヤも、アリシアのように過去や原因を探りたくなる方だ。しかしこの世界には、理解できない悪行を快楽的に行なう人間も存在するのだ。
「……そうね、テセウスのことはしっかり調べた後に判断した方がいいわね。まずは皆に経緯を伝えて落ち着かせなきゃ。そのあと今後について皆で相談しましょう」
そう言い残すとアリシアは、父親の国王の方へ走っていった。
テセウスに加担してきた近衛兵や兵士たちは、その場で捕らえられる。そして、国王とアリシアが兵士と観衆に語りかけ、今までの騒動に決着が付いたことを宣言する。
大きな歓声が巻き起こり、国王とアリシアを讃える声が広場に響き渡った。
*
王宮の一室に、カズヤとステラ、アリシアとバルザードと国王の5人が集まっている。
広場での事態が収まると、カズヤたちは王宮に戻り今後の国の方向性について協議を始めたのだ。
「皆の者、この度は助けてもらって感謝する。国として今後どうするのか、できるだけ早く決定して行動しなければならない」
国王の額のシワが増えているのを見ると、ここ数日の出来事の大きさが感じられる。
「今回の騒動で、我らがアビスネビュラと敵対することがはっきりした。しかし、奴らが今回の件を放置するとは思えない。これからは奴らの執拗な攻撃が始まると思って間違いない」
奴らを良く知る国王が断言するのだから間違いないだろう。カズヤたちは、この世界の支配者と戦う覚悟を決めたのだ。
「この国でのアビスネビュラの振る舞いは決して許せません。覚悟を決めて徹底的に戦いましょう」
カズヤの言葉を聞いて、国王は大きくうなずく。
カズヤは、アビスネビュラの暴虐を決して許してはいなかった。彼らの悪意ある計画は、全て打ち砕かなくてはいけないのだ。
「まずは、この街の崩落をどうするかが問題よ。何とか安全性を確保することはできないかしら?」
「残念ながら地下の空洞は巨大すぎます。この崩落を抑える技術や物資を手に入れるのは、ほぼ不可能です。この場所から離れることをお勧めします」
アリシアの質問にステラが答える。
「そう、辛い決断になるわね……」
誰よりもこの街を大好きだったアリシアには、苦しい決断に違いない。しかし、顔をあげて前を向く。
「でも、落ち込んでばかりもいられないわ。住民の安全が確保されないなら、出来るだけ早くにこの街を離れましょう」
「この街を放棄して、住人ごと別の場所に避難するしかないだろうな」
「しかし、これだけの人数を受け入れられるような大きな街は、近くにはないぞ」
カズヤの発言を聞いたバルザードが懸念を口にする。
「住居スペースを作るだけの平地は、近くには無いのか?」
「徒歩で三日ほどかかるけど、セドナの街の近郊には広大な平地が広がっているわ。ただし、魔物の巣窟になっているけどね。どうするの?」
「簡単だよ。そこの魔物を掃討して、新しい都市を一から建設するんだ」
カズヤの言葉に全員がハッとする。
「7万人もいる住民を全員移住させるって言うのか? 奴らが黙って見過ごす訳はないだろう」
「残念だけど、今はもう6万人だ。それに全員が移住に協力してくれるとは限らない」
カズヤが冷酷な現実を確認する。
「でも、地盤に不安が残るこの街に居続ける訳にはいかないだろう。それならば新しい土地を探すしかない。街の地盤は不安定だけど、すぐに崩落する訳じゃない。次の街の準備をしながら、できるだけ迅速に移住してもらうんだ」
「そんなこと現実にできるのか!?」
想像もつかない大事業に、バルザードが思わず声をあげる。
「ステラが持っている技術で可能な限り協力はする。期待するほどの効果は出せないかもしれないが」
ステラの宇宙船は惑星の調査を目的としたものだ。
小規模の基地や研究所を建設する機器や資材は残っているが、何万人もの住民の建物を作る能力には全く足りていない。
「途方もない計画ね。でも、やるしかないわ」
確かに途方も無い計画だ。
6万人もの人が移動するための手段、移動中や移動後の食料や生活物資。アビスネビュラからの攻撃や、移動中に魔物の襲撃を受ける可能性もある。
やらなければいけない準備も、必要な物資も山程ある。しかし、この場所に留まっていては崩落や襲撃の危険から逃れられない。
「そうだ。やるしかないんだ」
カズヤの言葉に、全員が心を引き締めるのだった。
【第1章完】
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