044話 正義の鉄槌

 

「これ以上この国に手を出すなら、俺が全力で排除してやるぞ!」


 カズヤは、テセウスに向かって宣言した。



 カズヤの口上を聞いて、テセウスは地団駄を踏む。


「くそ、貴様だけは絶対に許さんぞ。以前のように無様に切り裂いてくれる!」


 テセウスは素早く剣を抜くと、カズヤの腕に一撃を繰り出した。ブランクはあるにせよ、元Aランクの名に恥じない強力な一撃だ。



「カズヤ!!」


 武器も魔法も使えないカズヤを知っているアリシアが悲鳴をあげる。今までのカズヤなら、今の一撃で身体が吹き飛んでいるところだ。



 しかし、カズヤは動じなかった。


 そのまま腕に攻撃が直撃した瞬間、剣の刃と鋼鉄のように頑強な腕がぶつかり、辺りに金属音が鳴り響いた。


 テセウスの横殴りの連続攻撃を、カズヤは受け止めたりかわすこともしない。自動防御を発動させるまでもない。直接、攻撃を全身に受けても、何事もなかったかのように立っていた。



「くそ、いったい何を着込んでいるのだ!」


「以前の俺だったら、今の攻撃で死んでいただろうな。……ただ、今の俺は違うんだよ」


「せめて貴様だけでも道連れにしてやる!」



 テセウスの怒りが頂点に達し、剣を振り回す。


 カズヤの頭や肩、胸や脚などあらゆるところを斬りつけた。激しい斬撃音と、衝突による火花が辺りに飛び散る。


 しかし、カズヤは相変わらず微動だにしない。どこを何度斬られようと、カズヤには傷一つ付いていなかった。



 何度目かの攻撃の時、ついにカズヤの手がテセウスの剣の刃を掴む。


 テセウスは剣を放すまいと必死でつかんだ。


 カズヤは強靭な握力で剣をねじ曲げる。そのまま剣ごとテセウスを持ち上げると、乾いた音を響かせて剣は折れてしまった。




 折れたままの剣を手にして、テセウスは呆然と立ち尽くした。


「……何なんだ、貴様は? いったい何者なんだ!?」


 テセウスには目の前の状況が理解できなかった。



 少し前まで知っていたカズヤは、ひ弱で脆弱な男だった。森の崖の下で襲った時は、テセウスの攻撃に背中を見せて逃げ出したのだ。


 そのカズヤに、今では傷一つ付けられない。



「近衛兵ども、こいつを一斉に攻撃するのだ!」


 テセウスは自分一人ではかなわないと判断すると、その場に残っていた近衛兵たちに指示を出した。



 迷っていた近衛兵たちが剣を握り直した瞬間、辺りに突風が巻き起こる。


 近衛兵が持っていた武器が全て吹き飛ばされてしまった。


「テセウスの命令に従うなんて、一体あなたたちはどうしてしまったの? こんな命令より、皆の命の方が大切だって、なぜ気が付かないの!?」



 バルザードから杖を渡されたアリシアが、魔法の詠唱を終えて立っていた。


「テセウス、あなたの表の顔に騙され続けてしまったわ。あなた自身には何の力も権威もない、巨大な後ろ盾があるだけのただの臆病者よ」



「貴様ら、アビスネビュラに逆らってただで済むと思うなよ……! 今後あらゆる報復が、この国を襲うのだぞ」


「アビスネビュラには決して屈しない。国も国民も、私は護り続けてみせるわ!」


 アリシアははっきりと言い切った。


 もはや、テセウスに言葉はない。怒りの表情でカズヤとアリシアをにらみつけていた。



 次の瞬間、テセウスは咄嗟に豪華な服の中に手を入れると、妖しく輝く魔石を取り出した。


「貴様らの顔は二度と忘れんぞ、覚えていろ!」


 テセウスの手にある魔石から、幾つもの魔法陣が浮かび上がる。



「転移石だ! そんなアーティファクトまで持っているのか!?」


「転移!? 宇宙船を使わないで、生身の身体でそんなことができるの!?」


 バルザードとステラが驚愕する声が響いた。



 しかし、テセウスが魔石を取り出した瞬間に、カズヤが飛びかかった。


 カズヤの姿が一瞬消える。


 次の瞬間、カズヤの手の中にはテセウスが持っていた魔石が握られていた。まばたきする間もない程の素早さだ。


 カズヤは、その魔石をゆっくりと握りつぶした。



「手下を置いて逃げるなんて、どこまでも卑怯な男だな」


 テセウスは、魔石を握っていたはずの自分の手を見つめて呆然とする。


「……奴の動きが分からなかった。Aランク冒険者だった俺が気付かないなんて……」



「これで終わりか。力が無い者の気持ちが分かったか!?」


 今までのテセウスの権力と暴力の報いだ。


 力に頼るものは、より大きな力を前にして無力になる。そして、奴にはそれを覆すだけの大義も無いのだ。



「まだ俺は身体の動かし方に慣れていないし、剣を振るうのも上手じゃない。それでも、お前に一撃を与えることくらいはできるんだぜ」


 カズヤは拳を握りしめる。


「これが最後の挨拶だ!」



 大きく振りかぶってテセウスの顔を思い切り殴り付ける。


 顔面を直撃した勢いで、テセウスは後方に吹き飛ばされた。


 壁に激しく叩きつけられると、テセウスはそのまま意識を失い、地面の上にだらしなく倒れた。



「この攻撃でも命を落とさないんだから、Aランクというのは伊達じゃないみたいだぜ」


 バルザードが笑いながらテセウスを拘束した。



 そして、その後ろから深刻な顔をしたステラが駆け寄ってくる。


「マスター、何で転移の魔石を壊したんですか!? 転移なんて宇宙船くらいのエネルギーが無いとできないんですよ。せっかく分析するチャンスだったのに!」



 悔しそうなステラの追及を受けて、カズヤは苦笑いするしかなかった。

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