038話 アリシアの結婚

 

 呆然と一点を見つめていたカズヤは、ふと不安そうにこちらを見ているステラと目があった。



「……大丈夫ですか、マスター?」


 その言葉を聞いたとたん、カズヤはふと我にかえった。自分が己の心配だけをしていることに気が付いたのだ。



 そうだ、ステラは全力でカズヤのことを助けてくれた。


 体中を損傷しながらも、必死で自分を助けてくれた。結局は、自分勝手な判断で無茶な行動をして、命を粗末にした自分が悪いのだ。



 あの時、自分は死んでいれば良かったのか。


 いや、そんなことはない。どんな形であれ命があることは有難いし、助けてくれたステラにも感謝しなければいけない。


 自分がミスをしたとしても、生きているなら取り返すことができる。ステラはそのチャンスをくれたのだ。




「……いや、大丈夫だ。ありがとう。そんな風になってまで俺を助けてくれたことに感謝するよ」


 カズヤの笑顔を見て、ステラもつられて少し晴れやかな顔になる。


 カズヤは少しずつ気持ちを切り替えた。



 自分勝手な自己憐憫はひとまず脇へおいて、命が助かったことに感謝しよう。ザイノイドになったからこそ、できることもあるはずだ。


「ついに俺はロボットになってしまったんだな……」


「ザイノイドも悪くはないですよ。好きな歌だって歌えますし、ダンスだって踊れます」



 カズヤを安心させようと、ステラが冗談めかしていう。


「私の大好きな服も破れてしまったんですよ。また買ってくれますよね?」



「ああ、もちろんだ……。俺の外観を見せてくれるか?」


 前面にカズヤ自身が投影された身長大のホログラムが現れる。


 一見すると顔や身長は元の身体と大きな変化はなかった。だが、肘や膝、足首などの関節部分に機械が露出している。



「関節部分の機械を、人間のように隠すこともできますけど」


「いいや、このままでいいよ。自分がザイノイドになったことを受け入れなければ」


 機械の身体になった違和感にも、慣れていかなければいけない。



「個人的に顔を変えたくなかったので、元の顔を忠実に再現しています。希望があれば変更できますが、今のままの方がいいと思いますよ?」


「以前はイマイチな顔だと言ってなかったか?」


 初めて出会った時のステラの台詞を思い出した。


「愛着がわきましたから」


 ステラが笑う。



「腕のあざはそのままなんだな」


 左手首の内側に付いていた、奇妙なあざがそのまま残っていることに気が付いた。


「その部分だけは人為的に付けられた物だったので残しておきました。消した方が良かったですか?」



「いや、特に気にしない。ただ、どこで付いたあざなのか記憶に無いんだよな」


 この世界で付いていた奇妙なあざは気になっていた。だが、特に邪魔になるような物でもないので、そのままにしておく。



「念のため、元の身体は固形化して保存しています。ご希望があればお見せできますが」


「……いや、やめとくよ」


 元の身体を見る気持ちにはなれなかった。今までお世話になった感謝はあったが、自分の亡骸を見たい訳ではない。



 カズヤはゆっくり立ち上がって手や足を動かしてみた。


 背伸びや屈伸などの運動を繰り返す。


 頭で指示したとおりに身体は動いてくれた。反応速度は以前よりも速く、何回動かしても疲労を感じなかった。


 遠くの物に集中すると、しだいにズームアップして拡大されて見えてくる。そして、物音に集中すると、わずかな音も拾って聞こえてくる。



「これがザイノイドか……。少しずつ慣れていくしかないか」


 もっと前向きに考えよう。このザイノイドの身体を利用してやればいい。人間の時にはできなかったことが出来るようになったのだ。



「ちなみに全身ザイノイドになってしまったけど、まだステラのマスターでいいのか?」


「問題ありません。元々の身体が人間か機械かで区別されますから」


 ザイノイドになってしまったが、ステラはカズヤのことをまだ人間だと認めてくれているのだ。


 自分を人間だと認めてくれる存在のおかげで、カズヤは落ち着きを取り戻してきた。





 少しずつ冷静さを回復すると、それにつれて記憶も戻ってきた。


 いま自分にできることは何なのか。


 街が崩落したのはテセウスのせいだ。奴は国王を辞めさせてアリシアを手に入れると宣言していた。



「……ステラ、あの後アリシアたちはどうなったんだ!?」


「国王とアリシアはテセウスに捕らえられました。崩落の原因は国王にあると発表され、近々広場で処刑されることになっています」



「国王が処刑だと!? アリシアは?」


「テセウスと結婚することが予定されています」



 なんてことだ……!


 全てテセウスが宣言していた通りになっている。


 これ以上、街の被害を出さないために、アリシアは要求をのんだに違いない。近衛兵まで敵に回ってしまったら、国王を捕らえることは造作もなかっただろう。



「こうしてはいられない、すぐに助けに行こう!」


「申し訳ありませんが、二人の居場所を特定できていません。おそらく王宮の魔法障壁がある部屋に囚われていると考えられます」


 城の中に、そのような場所がたくさんあったことを思い出す。



「バルザードはどこにいるんだ?」


「バルちゃんは、街のなかに戻ってきていることを確認しています」



「まずはバルザードに会おう。ステラも出かける準備をしてくれ」


「分かりました、私の応急処置をするのに少し時間をください。並行しながら出発する準備も整えておきます」



 二人は準備を整えるとウィーバーに乗り、バルザードに会うためエストラの街へ戻っていった。

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