037話 手術

 

 カズヤは真っ暗な夢を見ていた。



 自分は穴に落ちたのだ。崩落に巻き込まれて、ステラの助けの手を掴めずに、身体が落下していくのを感じていた。


 テセウスが街を崩落させる決断をしたのは、アリシアを助けた自分の責任でもあると感じていた。だからこそ、せめてできる限りの住人を避難させたいと思っていた。


 その代わりに自分の命を失ったのだ。



 ステラが助けに来てくれたのが見えた。ウィーバーが来るのを待っていれば死なずにすんだかもしれない。


 しかし、それを待っていたら助けられた市民の数はもっと減っていたはずだ。カズヤの叫び声を聞いて、多くの人が王宮の中へ駆け込むのが見えた。



(自分は最善の行動をとれたはずだ……)


 カズヤがそう考えて自分をなぐさめた。




 しばらくして、明るい光が目に入ってくるのを感じた。強烈な光がカズヤの方に向かって迫ってくる。


 大きな光の渦がカズヤを包みこんだ。


(俺はまだ死んでないのか……?)


 カズヤは、ゆっくりと目を覚ました……。



 目を開けると、まぶしかった光量が瞬時に調整され、宇宙船の中の様子が視界に入ってきた。


 どうやら自分は台の上に寝かされているようだ。初めてこの宇宙船に運ばれた時のことを思い出す。



(この数字はなんだ?)


 不思議な数字が頭をよぎる。しばらくして、それらの数字がこの部屋の温度や湿度、横たわっている身体の各部分にかかっている圧力が数値化されたものだと気が付いた。



 体に違和感がある。


 自分の身体では無い感覚。台の上に寝ているのは分かるが、何かに接地しているという事実が、情報として送られてきている感覚だ。



「……マスター、意識が戻りましたか?」


 泣き腫らした顔をしたステラが、身体の上から覗き込んでくる。


 ステラの顔や身体には激しい損傷があり、頭の一部がえぐれたように陥没している。髪の毛が削ぎ落され、内部の金属が露出していた。



 カズヤは、それが自分のせいであることに気が付いた。


 自分を助けるために、ステラは大きな損傷を受けたのだ。自分の傷の回復を後回しにしてまで助けてくれたのだ。



「治療と移植はミスなくできたと思ったのですが、なかなか意識が戻らなくて、とても不安でした」


「……すまない、ステラも巻き込んでしまったんだな」


 カズヤは、イメージした通りの言葉を発することができた。



 しかし、今までのように喉から空気が漏れ出た訳ではなかった。想像した言葉が、口の中から自動的に発声されている感じだ。


「大丈夫です。このくらいの損傷は一人ですぐに直せます」


 ステラが頭をおさえながら笑って答える。



「ステラでも泣くことがあるんだな」


「当たり前じゃないですか。生身の人間の機能はほとんど持ってるんですよ。悲しいものは悲しいです」


 ステラを泣かせてしまったことを、カズヤは申し訳なく感じた。



「ここは宇宙船の中か?」


「そうです。瀕死だったマスターを連れて、宇宙船の医療ボットに駆け込みました」


「俺は死んだと思っていたが……」



「落下の途中で、何とかマスターの身体を掴めました。落下してくる建物の瓦礫に何度もぶつかっていたので、死んでしまったかと思いましたが、何とか連れてくることができました」


 落下している時の映像を思い出した。自分の身体が、落ちてきた瓦礫や建物などに何度もぶつかっていた。



「俺の身体はどうなっている?」


「生身の部分の怪我がひどくて、そのまま治療を施すのが不可能な状態でした。緊急事態だと判断して、マスターを移植する決断をしました」



 ステラはわざと遠回しな説明をしてくれている。


 カズヤは自分の身体がどうなったのか想像がついていた。



「……俺はザイノイドになったのか?」


「申し訳ありません。マスターの命をつなぐにはその方法しかありませんでした。脳と中枢神経だけを残して、全身をザイノイドに移植しました」



 想像どおりだった。


 (俺はあんなにも断ってきたザイノイドになってしまったのだ……!!)


 食事の必要も肌の感覚も、痛みや疲れも何もかも無くなってしまった。



 強烈な不安感や恐怖心がこみあげてくる。


 自分はもはや人間ではないのだ。


 左腕を少しあげてみると、肘の部分に機械的な部品がのぞいている。膝や他の場所にも同じように機械化された部分が露出していた。



 様々な考えや感情がわき起こって、頭の中を駆け巡る。


(これから俺はどう生きればいいのだ……。そもそもロボットにとって生きるとは何なのか。食べ物ではなく、エネルギーコアを交換することが食事だとでもいうのか)



 カズヤの心が張り裂けそうになる。


(なぜ俺を助けたのだ、そのまま人間として死なせてくれれば良かったのに……!)


 そんな言葉すら、頭の中を駆け巡った。


 混乱してさまざまな考えが頭のなかを巡り、今までに感じたことがない感情が心に押し寄せてくる。



 カズヤは思考を停止して宙を見つめた。

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