033話 テセウスの企み
国王の間に、テセウスが一人で入ってきた。
「テセウス、あなたはどこにいたの!? バルザードが探していたのに」
「あんな奴に見つかることはない。奴は腕だけは立つから、囮を使って遠くへ誘導してある」
テセウスの態度が別人のように変わっている。敬語を使わずに不遜な様子を隠そうともしていない。
「この崩落はお前がやったのだな!?」
国王はテセウスに向かって問い詰める。
「だから言ったはずだぞ、国王よ。市民の命は俺が握っていると。大人しく上納金を増やして出兵していれば良かったのだ。これは全てを拒否したお前の責任だ」
まるで国王を下に見るかのような言い草だ。
「お前がアビスネビュラなのか!?」
「俺は末端の一人にすぎない。この国を支配する権限くらいは持っているがな」
カズヤの問いかけに顔色一つ変えずに答える。国王を前にこんなことを言ってのけるのか。
「せっかく俺が忠告したのに、お前は聞かなかった。想定外の妨害が何度も起きたから、結果として市民が狙われることになったのだぞ」
そう言ってテセウスは、アリシアとカズヤの方を見る。
「出兵しなかった代わりに私の命が狙われたっていうことね。捜索中に私が一人になってブラッドベアに襲われたのも計画通りかしら」
「うまくいっていたはずが、こいつが邪魔したのだ。お前には私の邪魔をしないように警告したはずだがな」
テセウスはカズヤを見る。
冗談じゃない。
自分たちの思い通りにならなかった責任を、こちらが背負う必要など全くない。そもそも勝手な理屈で人の命を奪うこと自体が許されないのだ。
「その後、ブラッドベアやオークの群れに襲われたり王宮で襲われたのも、お父様が出兵を断った報復なのね」
「そうだ。しかし、全てが妨害されてしまったので、代わりにこの街の住民が犠牲になったのだ。どうだ国王よ、大人しく出兵する気になったか?」
国王は黙ったままテセウスを見返している。
「なぜ、農産物を増やすことすら許可しないんだ!? より多くの税金を取ろうと命令していたんだろう。国民が豊かになった方が税金だって多くとれるはずじゃないか」
「貴様は、我々は金が欲しくて税金を取っているとでも思っているのか。何を勘違いしている、その逆だ。国民を貧しくさせるために税金を取っているのだ。豊かな人間は支配者に不満を持ちやすい。明日の生活に怯える貧しい国民ほど支配しやすいからだ」
自分たちが豊かになる為ではなく、国民を貧しくさせる為に税金をとる……。
あまりに傲慢な考え方に、カズヤは言葉も出なかった。
代わりに国王がテセウスを批判する。
「税を重くして苦しむのは民だ。戦争に加担して前線で苦しむのは兵士だろう。お前らの要求は到底のめるものではないのだぞ!」
「お前たちが民や兵士を心配する必要はない。こちらの指示を実行するだけでいい。これだけの被害が出れば、さすがに目が覚めたか? 指示に従ってゴンドアナ王国への出兵を決定しろ。そして増やした税を全て俺たちに差し出すのだ」
昔から問答無用で命令をきかせてきたのだろう。自分たちの横暴さに気付いてもいない。これが奴らのやり方なのだ。
「なぜ、お前らは正面から堂々と国を支配しないんだ?」
やれやれといった態度で、テセウスは言った。
「裏から支配した方が効率がいいからに決まっているだろう。表に見えている人間は我々の指示通り動くただの役者だ。暴動や批判を受けて失脚しても、また新たな役者をおけばいいだけだからな」
カズヤはさっきの国王の台詞を思い出した。
黙って聞いていた国王は、目を見開いてテセウスを睨みつけた。
「これまではお前たちに従うことが国民の為になると思っていた。しかし、平気で民を殺すお前らのやり方に、これ以上我慢できん。今後貴様らに従うことは金輪際ない。二度と儂らの前に姿を見せるな!」
力強い言葉で国王は言い切った。
「……いいのか? この国が無くなるぞ」
「お前らに従っても、搾取されるか殺されるだけだろう。今回の崩落で、どれだけの市民が犠牲になったのか分かっているのか!」
国王は、テセウスやアビスネビュラとの決別をはっきりと宣言した。
「仕方ない、これほどまでに聞き分けが悪いとは思わなかった。俺の指示に従えないなら、国王を変えるしかない。お前のせいで崩落が起こったと分かれば、国民は反対しないだろうな」
「テセウス、これ以上市民の命を奪うことは許さんぞ! 兵士よ、こいつを捕らえろ!」
テセウスの勝手な言い分に、ついに国王は我慢ができなくなった。部屋の外に控えていた兵士たちに指示を出すと、兵士たちが王の間へ流れ込んでくる。
しかし、兵士たちの様子がおかしい。
テセウスの方へ駆け出していったかと思えば、兵士は国王やアリシアへ向かって武器を向けたのだ。
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