032話 アビスネビュラ
アリシアは動揺を隠せず固まっている。代わりにカズヤが国王に質問した。
「奴らとは、いったい誰なんですか!?」
「この世界を支配している者たちのことだ。名前すら滅多に表には出ない。彼らがこの世界を実質的に支配しているのだ」
「その支配者が何という名前なんですか?」
「簡単には口に出せぬ。存在を認める以上、従うか抵抗するか選ぶしかなくなるのだ」
カズヤは思い切って尋ねてみたが、国王は答えなかった。
「お父様。それなら、なおさら名前を知らないといけません。これからも従うのか抵抗するのかを選ぶ為にも」
アリシアが気を取り直したようだ。父親の国王に強く要求する。
国王は苦しそうな表情で押し黙っている。
しばらく沈黙を保ったあと、国王は振り絞るように声を出した。
「……アビスネビュラだ」
――アビスネビュラ。
もちろんカズヤは初めて聞いた名前だった。
「”深淵の星屑”という意味でしょうか」
ステラが意味を解説してくれる。
「奴らは建国以来、政治の方向性を決めるときには必ず指示を出してきた。この国を支配しているのは私ではない、彼らなのだ。指示に逆らえば様々な報復を企ててくる。特にこの数年間は要求が厳しくなってきていた。5年ほど前に領土の一部を差し出せと指示された時は断わった。しかし、その直後に隣国のゴンドアナ王国に攻められて、領土の一部を奪われてしまった」
国王が話を続ける。
「去年、奴らに差し出すお金を増やす為に、税を増やせという指示が出た。国民のことを考えて断わると私の財産が没収され、それを防ごうとしてくれた騎士団長が殺された。そして、後継にテセウスを入れるように指示がきたのだ。さらに今年に入ってからは、ゴンドアナ王国の侵略戦争に加担するように出兵を指示された。しかし、大義なき戦いに兵士を出す気になれず断ったのだ。おそらく、この崩落がその報復なのだ」
それを聞いた瞬間、カズヤはぞっとして身体が震えた。
国王が話すようなそんな奴らが、今回の崩落まで何も報復しないことがあるだろうか。
いや、ありえない。すでに報復しようとしたのだ。
だがそれはカズヤが未然に防いでしまった。奴らは領土を断れば領土を奪い、税を断れば財産を奪ってきたのだ。
国王は兵士を無駄に死なせて、家族が悲しむのを避けるために出兵を断わった。
その報復として、家族を亡くす悲しみを味あわせようとしていたとしたら、どうだろうか。もし国王がアリシアを失ったら、どれほどの悲しみを味わうのか。
国王の娘であるアリシアが何度も命を狙われていたのは、やはり偶然では無かったのだ。たまたま、カズヤたちが居合わせて回避できただけだ。
カズヤ達が防いだことにより、もし殺害の対象がアリシアから無作為の市民に代わったとしたら……。もちろん市民は家族を亡くした痛みに涙を流していることだろう。
奴らは国王に翻意させる為に何度もアリシアに襲いかかった。意図的にでは無いにせよ、カズヤは三度もアリシアを助けている。
このことが崩落の原因ではないのか。
(……お前は取り返しのつかないことをした)
テセウスの不気味な台詞が、またも頭をよぎった。
「表向きには私が国王だが、政治や戦争での重要事項で私が決定できることはほとんど無い。アリシアが農産物の増産を進言してくれたが、そんなことすら一存では決定できないのだ。私は指示を受けてこの国を運営しているだけに過ぎない」
エルトベルクが貧しいままなのは、アビスネビュラのせいなのか。そのうえ戦争にまで駆り立てようとしている。
「国王なのに、この国で一番偉い訳では無いんですか?」
「表から見えている人間が一番偉いとは限らない。表にいる人間はいつでも批判や責任の矢面に立たされる。この世界を支配している奴らは、裏に隠れて指示を出していて滅多に姿を見せないのだ」
アリシアには奴らに対する心当たりがあったのか、カズヤと国王のやり取りを黙って聞いている。
裏に国王より偉い人間がいて、国王に指示を出していることは想像できない訳では無い。
しかし、カズヤはそれ以上に、奴らの国民への悪意と報復に対して怒りを感じざるを得ないのだ。
「奴らはこのエルトベルクだけでなく、事実上ほとんど全ての国を支配している。奴らの地位は国家よりも上にあり、金も軍事も全て支配している。その命令に逆らうとこうなるのだ」
全てを諦めたように国王がうなだれる。
「その命令は誰が伝えてくるんですか?」
カズヤが尋ねたとたん、王の間の入り口から声がした。
「……俺の仕事だ」
テセウスがユラリとした足取りで部屋の中に入ってきた。
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