030話 大災害


 静かなエストラの朝を、今まで経験したことが無いような大災厄が襲った。


 宿屋で眠っていたカズヤは、部屋を震わす大きな振動で目を覚ます。三度の大きな衝撃が起こった後に、激しい揺れが部屋を襲ったのだ。



「じ、地震か!?」


 カズヤは慌ててベッドの上に飛び起きる。


 宿屋全体が激しく揺れていた。部屋だけではない。この辺り一帯が大きく揺れているのだ。



 木造でできた建物は歪みながら大きな悲鳴をあげていて、今にも崩れそうだ。


 大波の上の小舟に乗っているかのような強烈な揺れに翻弄される。部屋の窓を見ると薄日の明かりがさし込んできている。


 すでに朝方だ。



 この世界にも地震が存在するのか知らないが、カズヤの経験からするとそうとしか考えられない。


 そして、建物や地面が崩れた大きな破壊音と住民の悲鳴が、外から立て続けに聞こえてきた。



 隣の部屋にいたステラが、カズヤの部屋に飛び込んでくる。


「マスター、すぐに避難しましょう! この場所が落下する危険があります」


「落下だって!? いったい外で何が起きてるんだ?」


 慌てたステラを見るのは初めてだった。



「街の地面の一部が崩壊して落ちています。崩落はこの辺りにも迫ってきています」


「な、なんだって!?」


 街の地面が崩壊……? そんな現象は聞いたことも見たこともない。


 カズヤは部屋からあわてて飛び出すと、急いで階段を飛び降りる。他の宿泊客たちも外へ逃げ出していた。




 外に出ると街は大混乱だった。寝間着姿の住民たちが溢れかえり、大きな音がする方とは反対方向に逃げ出していた。


「マスター、乗ってください!」


 いつの間にかウィーバーに乗り込んだステラが、カズヤに手を差し出す。


「うわあっ……!!」



 ステラはカズヤの手を握りしめると、片手で軽々と持ち上げてウィーバーに乗せた。


「上空に上がります」


 ウィーバーは一気に加速して町全体を見下ろした。空からの景色を見てカズヤは息をのんだ。



 街の一部が崩れて大きな穴のような空洞が出来ており、そこにあったはずの建物がすっかり無くなっていたのだ。


 何が建っていたのか覚えていないが、他の場所から類推すると数千人は住んでいそうな広さだ。



 街全体の面積の10分の1が消失したように思える。


 穴の中は暗く、底が見えいくらい深い。落ちてしまった人達の生存を期待するのは、楽観的過ぎると言わざるを得なかった。




 しだいに揺れと騒音は収まってきて、街の安全な場所と崩落したエリアがはっきりと分かれているのが見えてきた。


 大きな穴との境目で逃げ遅れた住人を、カズヤたちはウィーバーで何人か助けることができた。地上に残った人と落ちてしまった人で明暗がわかれてしまった。


 甚大な災厄を前に、カズヤは何と言っていいのか分からない。あまりに突然の悲劇に、激しい鼓動が収まらない。



「なんてことだ……。地震とも違うようだが、この世界ではよく起こることなのか!?」


「どうも地震では無さそうです。ボットの情報では、街の外では大きな揺れがありませんでした。街の一部だけの局所的なものです。突如として地面が崩落しました」


 確かに上空から見ると、街の外には何の異変も無い。それどころか穴の部分以外の街にも被害が無さそうだ。



「地盤の問題か?」


「それもあると思いますが、崩落の直前に不自然な爆発が三度起きました。それが崩落のきっかけになっています」


 不自然な爆発はカズヤも感じていた。これほどの災害が人為的だとでもいうのか。



「マスター、城からアリシアが出てきました」


 ステラが言った方に目をやると城から兵士の一団が出てきており、そこにアリシアがいるのが見えた。


「ステラ、アリシアの方に近寄ってくれ!」



 近寄ってきたウィーバーを、初めて見た兵士たちは驚いている。


「カズヤ! 住民たちが逃げ惑っているわ。何が起きたの!?」


「突然、街の一部に大きな穴があいて崩落したんだ。穴の部分にあった街は無くなってしまった」



「地面が崩落!? 何てことなの……、穴の大きさは?」


「街の10分の1くらいの広さだ。俺たちが止まっていた宿の隣のエリアだ。崩落自体はすでに止まったように見える。底が見えないくらい深いから望みは薄いかもしれないけど、落ちた人の救助が必要かもしれない」


 アリシアは額に手をやって考えると、瞬時にてきぱきと指示を出した。



「兵士たちをすぐに住民の救助に向かわせましょう。それと原因を探らないといけないわ。お父様に報告に行くから、カズヤも一緒に来てくれる?」


 付いてきていた兵士をそのまま街へ向かわせて、住民の避難を手伝わせる。カズヤはアリシアと共に城内へ入った。



「そういえば、バルザードはどこにいるんだ?」


「行方不明になったテセウスを探すように指示を出していたの。まさか、こんなことが起きるなんて……」


 このような状況で、バルザードがいないのが心細く感じられる。



(……お前は取り返しのつかないことをした。必ず後悔するぞ)


 昨晩のテセウスの捨て台詞が頭をよぎった。


(まさか、いくら奴とはいえ、こんな災害にまで関係してることはないよな……)



 カズヤの頭の中で、テセウスの脅迫が何度も響いていた。

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