029話 カズヤの反撃
それから数日後、アリシアはテセウスを国王の間へと招いていた。そこには国王とバルザードも待っている。
「これはこれは陛下、アリシア様。私をお呼びになって何か御用でしょうか?」
テセウスはうわべを取り繕った大げさな態度で、かしこまった様子を見せる。
「まずはテセウスに会って欲しい人物がいるの」
そう言ってアリシアは、部屋の外にいる兵士に声をかけた。すると、騎士の身なりをした者たちが三人ほど王の間へ入ってきた。
「おお、そなたたちは……!」
国王には見慣れた顔のようだ。並んだ騎士たちを懐かしそうな目で見ている。
「彼らは去年まで、近衛兵としてお父様の警護していた者です。しかし、今年に入ってから他の都市へと配属が変わっています。テセウス、これはあなたの命令ですね?」
「たしかにその通りです。彼らは優秀な騎士たちでしたが、周辺の防備が手薄になったため配置を変えました。これは騎士団長としての正当な権限のはずです」
アリシアの問いかけに、テセウスは表情を変えずに返答する。
「陛下、アリシア様、騎士団長殿は嘘をついておりますぞ! 配置を変えたのは防備が手薄になったせいではありません。彼は表と裏の顔が大きく違っています。理不尽な命令に従うように強要され、反発した者を外へ飛ばしたのです。配置転換を受けた我らは皆、長い間近衛兵を務めて陛下に忠義が厚いものたちばかりです」
近衛兵だった者は公然とテセウスを批判した。
ここに至るまでには、多くの葛藤があっただろう。しかし、アリシアに促されてこの場に出てきたのだ。
「陛下、彼らは何か誤解をしているようです。配置を変えたのは純粋に国防のためです。彼らが知らない情報を私は持っています。正当な理由があったからです」
テセウスは弁明する。自分の判断を一切疑っていない素振りだ。
「陛下、発言を失礼しますぜ。俺の仲間の冒険者たちにテセウス騎士団長のことを聞いたら、とんでもない噂を耳にしたんですが」
バルザードはひと息ついた。
「数年前に悪名が轟いていた冒険者が姿を消しました。名前はヴァルテゼウス。死の収奪者アと呼ばれ、Aランクで腕は確かだったみたいだが、人間性に問題があった奴だ。
そいつは冒険者ランクや報酬をあげるために、邪魔になった村人たちを皆殺しにした事件のせいで、ランクを剥奪されて姿を消しました。噂では力を持った組織の配下になって、権力を握るようになったという話です。
そして、そいつを知る男がここにいるテセウスの顔を見て度肝を抜かれたらしい。昔の黒髪は銀髪に変わっていたが、ヘーゼルカラーの瞳の色は変わってねえ。ぬけぬけと騎士団長の地位に居座ってるってな」
テセウスは、ヴァルテゼウスの名前が出された時だけ眉が一瞬ぴくりと動いた。しかし、バルザードが話し終えても微動だにしていない。
「そんな冒険者のことは与り知らない話ですね。似たような外見の者かもしれませんし、ただの他人です。私と混同するのは止めて頂きたいですな」
「なるほどな。じゃあ、こいつを見てもらおうか」
バルザードが手に持っていた道具を宙にかざすと、そこにカズヤのホログラムが現れた。
「こいつは出入り禁止のはずですぞ!」
テセウスが憤然として異議をとなえる。
「よう、テセウス。ホログラムで出席したら駄目だとは言われてないよな。どうしても、お前の悪事をバラしてやりたくてね」
カズヤのホログラムが、テセウスの方を向いて語りかけた。これは記録された映像ではなかった。遠方にいるカズヤと同時進行で映像を共有できる仕組みだ。
「まずは、これを見て欲しい。テセウスが襲撃者たちと話し合っている場面だ。襲撃の前に、裏門から奴らを王宮へ引き入れたのはお前の仕業だな?」
そこには、はっきりとした3Dホログラムで、テセウスが襲撃者たちと話し合い門の中へ導き入れる様子が映っていた。テセウスの水晶玉と違って、間違えようもないほど鮮明に映し出されている。
「これは幻術の魔法だ! 幾らでも工作できると伝えたばかりではないか!」
「それは、お前の水晶玉でも同じことだよな? 俺の映像を記録して、さも襲撃者と相談しているように工作する。お前の映像は証拠にならないだろう」
あの場の空気を支配していたのはテセウスだった。勢いもあり即座に反論できなかった。しかし、同じ論理が通じるのなら、テセウスの水晶玉も何の証拠にもならない。
「それに、お前が連れてきた女性や襲撃者にも疑いがあるぞ」
その場に、アリシアを森の中に誘いこんだ小人族の女性や、カズヤに命令されたと証言していた襲撃者を、バルザードが連れてきた。
「こいつらの過去を探ったら、冒険者ヴァルテゼウスと繋がっていやしたぜ。こいつらも、かつて同業者だったらしいじゃないか。問い詰めたら、お前のことだと認めたぞ」
テセウスは反論せずに黙り込む。
カズヤが犯人だと決めつけるテセウスの証言が覆された。関係者の証言も映像による証拠も、あてにならないことが判明した。
こうなると、なぜテセウスはカズヤが犯人だと強弁するのか。
違和感だけが残ってくる。
「お前は、俺がアリシアへの襲撃を三度も防いだのが気に食わなかったんだろう。邪魔になったから、俺を犯人に仕立て上げただけじゃないか!」
「馬鹿馬鹿しい話です。このような見え透いた芝居には付き合いきれません。失礼いたします」
テセウスはカズヤのホログラムを睨みつけながら言い放った。
一方的に話を打ち切ると、テセウスは踵を返して扉へと向かっていく。
そして、カズヤのホログラムの横を通り過ぎる時、テセウスはぼそりとつぶやいた。
「お前は取り返しのつかないことをした。必ず後悔するぞ……!」
捨て台詞を残すと、悠々と国王の間から出ていった。
「お父様、テセウスはお咎めなしで良いのですか!? 彼を騎士団長にするよう、お父様に強力に推薦したのは誰だったのですか?」
「奴が騎士団長であることは変えられない。私だけで決められる話ではないのだ。いつかお前に話すときが必ずくる。それまで待っていてくれ……」
国王は苦悶に満ちた表情で返答すると、部屋から出ていった。
その後、カズヤの街への出入りが再び許可された。カズヤとステラは、以前に予約していた宿屋に帰ることができたのだ。
自分の部屋に戻ったカズヤはベッドの上に寝転んだ。
やっとゆっくり休めそうだった。これまでは街の外で野宿していた。これで今までの疲れから解放されて、朝まで眠れるはずだ。
気が付いたらカズヤは、柔らかいベッドの上で泥のように眠り込んでしまった。
しかし、そんなカズヤの願いを覆すような最悪の出来事が起こるとは、このときは夢にも思っていなかった。
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