026話 魔力過剰症
「くっ……!」
突然、カズヤの正面に座るアリシアの、苦しそうなうめき声が聞こえてきた。
カズヤがあわてて顔をあげると、アリシアは両腕をおさえてうつむいて座っている。
手からは生き物のように炎が揺らめいていた。暴れだした炎は、煌びやかだった赤いドレスに焦げ跡をつけている。
後ろにいたバルザードが冷静にテーブルを前に移動させると、給仕たちも落ち着いてアリシアの様子を見守っていた。
カズヤはどうしていいか分からず、ただアリシアの様子を見つめていた。
その後いったん両腕の炎が大きくなったかと思うと、すぐに穏やかに静まっていく。やがて全ての炎が消えると、アリシアの顔に笑顔が戻った。
「……また、魔力過剰症のいつもの発作が起こっちゃった。今日のは、これでもマシな方なんだけど」
これが、アリシアが話していた魔力過剰症の症状なのか。
バルザードや給仕たちの様子を見ると、いつもの出来事のような冷静さを感じた。大きなテーブルを使わずに、小さなテーブルを2つ用意していたのは、この為だったかもしれない。
アリシアはこうやって溢れ出す魔力と戦いながら、魔力の制御法や魔法の使い方を学んできたのだ。
「驚かせてごめんね。さあ、食事を続けましょう……」
気を取り直したアリシアが、カズヤに食事を続けるよう促そうとした。
しかし、アリシアがその言葉を言い終わらないうちに、王宮のなかで新たな異変が起こった。
遠くからガラスが割れる音と、女性の叫び声がかすかに聞こえてきたのだ!
突然、部屋の灯りが一斉に消えて真っ暗になる。視界が失われた給仕たちから驚きの声がもれた。
「マスター、侵入者です! アリシアと床に伏せて下さい」
カズヤの後ろの暗闇から、ステラの短い声が飛んでくる。
バルザードが腰につけた剣に手を置いた。
「侵入者だって!? ステラには見えるのか?」
「暗さは問題ありません。中庭から13人、二階から10人の侵入者がこちらに向かってきています」
「なんだって!? ステラ、侵入者を捕まえてくれるか?」
「もちろんです。お任せください」
ステラが冷静にカズヤの指示に返答した。
カズヤは素早くアリシアの方へ回ると、肩を抱いて床に伏せる。そして中庭と反対側の壁に向かってゆっくりと移動した。
今までの経験上、ステラの報告が間違っている可能性は低い。王宮内を飛んでいるバグボットたちが異変を察知したのだろう。
「俺様がいるのに襲撃しようなんて笑わせるぜ。暗闇でも夜目が効くことを思い知らせてやる!」
バルザードの勇ましい声が聞こえてきた。
侵入者たちは音を立てずに晩餐会の部屋へ入り込んでくる。
一瞬の静けさの後で、部屋の中を強烈な光線が飛び交った。ステラが放ったブラスターだ。
それと同時に男たちの悲鳴が聞こえてくる。
ガラスが割れる激しい音が部屋中に響き渡った。
室内で戦闘が始まり、給仕たちの叫び声が聞こえてくる。部屋の外にいる兵士たちが、中になだれ込んでくる様子がかすかに見えた。
バルザードの身体から雷の魔法が放出されると、断続的に部屋中を明るく照らし出す。数人の侵入者の影が部屋の壁に映った。
侵入者たちの荒々しい足音と、光線と打撃のやり取りの音が響く。
ボゴッっと低い打撲音がするのは、バルザードが侵入者を捕まえた音だろうか。テーブルが倒されて次々と料理が落ちてきた。
アリシアも冷静だった。
暗闇を凝視しながら戦況をじっと見つめている。部屋のあちこちで物と物とがぶつかり合う衝撃音や、光線による破壊音や打撃音がしばらく続く。
すると不意にカズヤの目の前に、襲撃者の黒い影が現れた。これが幻術の魔法なのだろうか。
文字通り、暗闇から突然姿が現れたのだ!
襲撃者はアリシアの姿を確認すると、素早く短剣を振るってきた。
「あぶない……!」
とっさにカズヤは襲撃者の手をつかむ。ザイノイド化した右腕のおかげだった。意図した瞬間に襲撃者の腕をつかんでいる。
「ぐっ……」
力強く握りしめるカズヤの腕力に、襲撃者から思わず悲鳴が漏れる。
カズヤはそのまま襲撃者を片手で投げ飛ばした。襲撃者は壁に叩きつけられて、意識を失った。
そして、唐突な静けさが部屋のなかを包む。
床の上に倒れた男たちのうめき声だけが聞こえていた。
やがて、ステラを中心に明るい光が部屋中を包み込んだ。
「なんだよ、ステラ。灯りをもっていたのか」
「暗い方が侵入者を捕まえやすいので利用させてもらいました。マスターの手を煩わせて申し訳ありません、魔法による移動は想定していませんでした」
さすがのステラも、魔法についてはまだまだ分からないことの方が多い。
「カズヤ、ありがとう! 助けてもらったのは、これで3度目ね」
アリシアがカズヤの手を握りしめて、感謝の気持ちを伝えた。
「ここにいるのは13人です、残りの4人は窓から逃げました」
ステラの足元には10人以上の侵入者たちが倒れている。
「この程度の実力で襲撃とは舐められたものだぜ。俺様がいるのを知らなかったのか?」
バルザードは両手にぐったりとした侵入者を捕まえていて、足元にも何人かのびていた。
アリシアは明るくなった部屋を見回して、他に異常が無いことを確認する。
「私を狙ってきたのかしら。王宮の中に侵入者を許すなんて……。すぐに彼らを連れて行って徹底的に調べてちょうだい」
アリシアは前代未聞の事件が起こったことに憤っていた。
部屋の外にいた護衛の兵士たちや給仕たちがあちこち走り回り、王宮内は騒然としていた。
すると、部屋の奥から多くの兵士を引き連れたテセウスが、カズヤの方に近寄ってきた。
「貴様がカズヤだな、そこを動くな!! アリシア様襲撃の容疑で、お前を拘束する!」
テセウスの後ろにいた兵士たちが、カズヤとステラを取り囲んだ。
「はあっ、お前は何を言っているんだ!? 俺がアリシアを襲う訳がないだろう。証拠でもあるのか!?」
「言い訳は後で聞く。申し開きはこっちでするんだ!」
アリシアとバルザードが驚いた表情で固まっている。二人とも知らされていた出来事では無さそうだ。
「マスター、どうしますか? 蹴散らすことも可能ですが」
見下すように得意げなテセウスの表情を見ていると、今回の襲撃はテセウスが仕掛けた罠だった可能性が高い。
始めから、カズヤたちを犯人に仕立て上げるつもりだったのだろう。
「いや、この場は大人しく従おう。王宮で暴れても、いい結果にはならなそうだ」
カズヤは兵士によって腕を縛りあげられると、国王の間へと連行されていった。
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