025話 王宮への招待

 

「……マスター、迎えの使者が来ました」


 ベッドの横に立っているステラが、寝ているカズヤに声をかけた。


 いつの間にか自分の部屋で寝てしまっていたようだ。窓の外を見るとすでに日が落ちて暗くなっている。



(やはり、この世界は夢ではないのか……)


 目が覚めるたびに現実を確認するが、元の日本に戻っていることはない。そろそろ、この世界で生きる覚悟を決めなければいけないのかもしれない。



 カズヤは、もともと日本に未練がある訳ではなかった。家族や友だちが多かったわけでも、仕事が楽しかったわけでもない。


(こうなったら、この世界に適応して生きていかなくちゃな)


 カズヤは、この剣と魔法の世界で生きていく決心を固めるのだった。




 宿屋の前には馬車が用意されていて、王家の紋章や木彫りの紋様が通行人の視線を釘付けにしていた。


 カズヤは、ステラと共に迎えの馬車に乗る。馬車は王宮に向かって街の中をゆっくりと進んでいった。



 カズヤたちは王宮の門の前で降ろされた。


 あまり豊かではないエルトベルクという小国のお国柄のせいだろうか。門には細かな彫刻が施されていて権威性が感じられるが、王宮は豪華で壮大な造りという程の建物ではなかった。


 兵士の案内に従って門をくぐると、やがて広い中庭が現れた。



 すると、こちらに向かって歩いてくるテセウスの姿が、カズヤの目に入った! 


 手には水晶玉のような物を持っている。警戒心が高まり身体がこわばった。テセウスはにこやかな笑顔を見せながら、カズヤに近付いてきた。


「アリシア様に招待されたようだな。束の間の食事を楽しんだらいい」



 口元は上品に微笑んでいるが、目は笑っていない。


「……ただ、気をつけろよ。王宮で何かあったらお前の責任にされることもあるんだからな」


 すれ違いざまに不穏なセリフを残すと、テセウスは王宮の中へ入っていった。



「ステラ、今の言葉を聞いたか」


「はい、はっきりと聞こえました。集音センサーで全て拾っています」


「奴が王宮にいるのを忘れていたな。待ち構えているなら用心しないと」



「王宮の中にはボットたちが入れない場所が幾つかあります。何が起こるか分からないので注意してください」


 魔法障壁のことか。ここは王宮だから、それくらいの警備がされていても不思議ではなかった。




 指示された中庭で待っていると、奥からアリシアがこちらに向かって歩いてきた。その後ろにバルザードが護衛として続いている。


 アリシアは晩餐会にふさわしい赤いドレスに身を包み、髪には宝石が輝く髪飾りが優雅に飾られていた。魔物と戦っていた時の凛々しさとは違った魅力にあふれていて、周囲の視線を引き寄せずにはいられなかった。



「待っていたわ女性の敵さん。……あら間違った、命の恩人さんだったかしら」


 アリシアは冗談を言いながら、カズヤに向かって微笑んで手を差し出す。カズヤに冷や汗が流れた。


 宿屋でのステラとの一件は早く忘れて欲しい。



「二人が来るのを楽しみに待っていたのよ。私について来てね」


 アリシアに案内されて王宮の中を歩いて行く。


 廊下には絨毯が敷かれ、壁には細かな装飾がされている。国王や王妃の肖像画が飾られており、質素ながらも存在感がある造りになっていた。



 廊下の突き当りで案内されたのは、とりわけ広くて立派な部屋だった。大理石の床には毛の長い絨毯が敷かれ、シャンデリアが眩しい灯りを放っている。


 部屋のなかには2つのテーブルが向かい合わせに用意されていて、カズヤはそのうちの1つに案内された。



 テーブルの上は純白のテーブルクロスで覆われ、上品な花々が飾りつけられている。華美ではないが繊細な装飾が入った陶磁器の皿や、銀製のカトラリーが並べられていた。


 食事が必要ないステラはカズヤの後ろに、そして護衛役のバルザードもアリシアの後ろに立っていた。



 向かいに座ったアリシアが、立ち上がってカズヤの方にグラスを向けた。


「あらためてカズヤとステラにお礼を言うわ。二度も私の命を救ってくれてありがとう。友人たちを王宮に招待できて、とっても嬉しいの。ぜひエストラの食事を楽しんでちょうだいね」



 カズヤは緊張が高まるのを感じながら、給仕によって運ばれてくる料理を見つめた。


 最初に、海の幸をふんだんに使用した魚のムースや、新鮮な野菜たちが運ばれてくる。そして、すぐにメインとなる鳥の丸焼きがどかんと置かれた。



 香ばしい匂いが立ちのぼり、緑色の葉や赤いソースで彩られている。エルトベルクは豊かではないとは言っていたが、さすがに王宮の食事だった。


 カズヤはゴクリと唾を飲み込んだ。



「作法は国によって違うから気にしないでね。美味しいうちに食べてちょうだい」


 アリシアが気を遣って声をかける。しかし、ナイフやフォークの持ち方すら怪しいカズヤは、緊張して手が出せなかった。



「マスター。作法が分からないのなら、とにかく大好きな食事を楽しんだらどうですか?」


 たとえ王宮にいようと、ステラはいつもと変わらず冷静だった。


 ステラの一言で吹っ切れたカズヤは、マナーなど気にせずに目の前の食べ物を口の中に押し込んだ。



「……う、うまい!」


 思わずカズヤの口から歓喜の声が漏れてしまう。日本で贅沢な食事と縁が無かったせいかもしれないが、カズヤが今まで食べたなかで一番美味しい食事だった。


 それを見ていたアリシアも満足そうに笑う。



 こんな食事を食べられるなら、格式ばった晩餐会だろうと何度来てもいい。


 カズヤはそう思いながら、目の前の食事にかぶりついた。食べ終わった料理はすぐに下げられて、また新たな料理が運ばれてくる。カズヤには夢のようなシステムだった。


 無我夢中で食べ続けていたカズヤは、周りのことなど気にもとめずに、食事を口に運ぶので大忙しだった。




「くっ……!」


 しかし、しばらく食事を楽しんでいた時。突然、正面に座るアリシアの苦しそうな声が聞こえてきた。

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