024話 アリシアの想い
「なんとも不思議な奴らですな。世界中を旅してきましたが、あんな人間には今までに出会ったことが無いですぜ」
バルザードは、晩餐会の準備をするアリシアの自室の入り口まで護衛に付いてきた。
頭にあるのはカズヤとステラのことだ。
「カズヤが言うように、テセウスが襲った可能性はあるのかしら?」
アリシアは、いまだに迷っているといった表情で問いかけた。
「まあ、テセウスには俺や姫さんが知らない一面があるのかもしれませんぜ。あいつがなぜ騎士でも無いのにいきなり騎士団長になれたのか。もう一度調べる必要があるかもしれません」
「お父様は、強力な推薦を受けて間違いの無い人物だと言っていたわ。その後の行動や実力で証明したと思っていたけど、いったい誰の推薦を受けたのかしら?」
「陛下に推薦できそうな人物は、国内では思い当たりませんなあ。まあ、俺が政治に疎いだけかもしれませんが」
陰湿な駆け引きが必要な政治は、バルザードにはもっとも苦手な分野だった。
カズヤはテセウスに襲われたと言っていた。カズヤが嘘を言って、初対面のテセウスを貶めるメリットは無いと思われる。
もし、カズヤを襲ったり脅すような言動が、テセウスの本性だとしたらどうだろうか。
「まあ、誰にでも表と裏の顔はありますよ、騎士団長にもなる人物なら尚更です。敵と味方で見せる顔は大きく違うでしょうから」
バルザードの言うことはもっともだ。
でも、それならテセウスとカズヤは敵同士だということになる。
なぜ、二人は敵対する関係になったのか。
たしかにテセウス騎士団長とは一年以上の付き合いがあるが、二度も命を救ってくれたカズヤを信じたい気持ちの方が強かった。
「まあ、昨日から色々なことがあり過ぎました。姫さん、考えて答えが出る問題でも無いですぜ。どちらにしてももっと証拠が必要です。まずは晩餐会の準備をしちゃいましょう」
バルザードが労いの言葉をかける。一礼すると部屋から出ていった。
確かに昨日からたくさんの出来事が起きている。それは、森の中でカズヤと出会ったときから、大きく動きだしたような気がしていた。
侍女が近寄ってきて晩餐会用の身支度をする。気が付けば、アリシアは昨日からの出来事を思い返していた。
*
見たことがない魔物が森にいる。そんな報告を受けて、アリシアは騎士団と共に偵察に向かった。そこで出会ったカズヤはとても不思議な人物だった。
名前が珍しいのでこの辺りの出身では無さそうだ。自分がどこにいるのか分かっていない。記憶喪失かと思ったら共通語を流暢に使っている。
アリシアがブラッドベアに襲われたとき、カズヤは魔物の注意を引いて助けた。あの時、カズヤがブラッドベアを倒せていたとは思えない。
カズヤは命をかけて見ず知らずの人間を助けたのだ。そんな勇気がある人は決して多くない。この恩には必ず報いなければいけないと、アリシアは心に誓っていた。
すぐに仲間と合流して駆けつけるが、カズヤを見つけることができなかった。ブラッドベアに襲われて生き延びることは難しい。
カズヤの生存をほとんど諦めていたのだ。
そして次の日、魔物の大群の襲撃を受ける。
大量の魔物に苦戦していた時、再びカズヤが現れた。しかも今度は、一撃でオークを倒すほどの魔導具まで持っている。
一緒にいたステラという女性はもっと凄まじかった。
たった一人でブラッドベアをあっさり倒してしまう。元Sランクのバルザードですら、一人で倒すのは苦労するほどの魔物だ。ステラの実力はSランク以上かもしれなかった。
そして、カズヤがステラの上官だということは、アリシアをもっと驚かせた。正直、逆のように見えていたのだ。
カズヤから両腕の傷跡を褒められて、実はアリシアはとても嬉しかった。この傷跡は母親と一緒に病と戦ってきた証拠なのだ。
普通は王族の傷跡なんて話題にしたくない。今までは火傷の痕に気が付いても、見て見ぬふりをする人がほとんどだった。
初めはやはり恥ずかしくてカズヤにも傷跡を隠してしまった。しかし、カズヤは病と戦った証拠だと褒めてくれ、しかも優しく手を握ってくれた。
おべっかを使った訳でも気を使った訳でもない。自然と口からこぼれてきた言葉だ。
これが友だちというものかもしれない、とアリシアは感慨深かった。傷跡の話だけでなく、王女としても飾り気のない対等な関係が嬉しかったのだ。
それでも、カズヤがテセウスに襲われたという訴えは、アリシアを惑わせた。
テセウスは国王である父親から特別な推薦を受けて騎士団長になっている。よほど信用がなければ出来ることではなかった。
しかし、テセウスの過去については知らないことが多いのも事実だった。もしカズヤが言っていることが本当ならとんでもない話だ。
カズヤのことは気になるし、この世界にはいない種類の人間。彼らの知見から学ぶことも多い。
それがこの国の為になるのなら、この国に長く留まっていて欲しいと、アリシアは願っている。
それにしても二人の普通ではない関係とは何なのか、気になってたまらなかった。二人の関係を尋ねるのは緊張したが、思い切って尋ねてみたのだ。
アリシアが知らない特殊な関係なんてあるのだろうか。そういうことに疎いから知らないだけなのか。
アリシアは、とにかく気になって仕方がなかった。
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