023話 宿の部屋割りは?


「ステラ、俺でも魔法は使えると思うか?」


「この星で魔法を使うには、この星で生まれ育ったという特殊性が必要かもしれません。体内に魔石を持っていないマスターには難しいかもしれませんよ」



 なんて悲しい結論だ。自分の分析と同じ結果になってしまった。短い期間とはいえ情報を分析したうえでのステラの判断だから否定しがたい。


 異世界で魔法を使うというカズヤの野望は、音をたててしぼんでいった。




「そろそろ宿の手配をしておこうかしら。申し訳ないけど、よほどのことが無い限り、王宮に外部の人を泊めることはできないのよ」


 アリシアは残念そうな顔をして報告する。


 だが、カズヤはその方が有難かった。王宮に泊まるようなことがあれば、緊張して寝られないだろう。



「そういえば、ステラは眠る必要はあるのか?」


「身体を休めるという意味では必要はありません。ただ、ザイノイド化した元人間種のなかでは、心の健康を保つために睡眠を取る場合もあります。私の場合はほとんど眠る必要はありませんが」



 眠らなくてもいいとは、ますますザイノイドは人間離れしている。ただ、寝なくてもいいというのは、やはり寂しい気がする。


「寝なくてもいいのは便利そうだけど、布団に入る瞬間なんて本当に幸せなんだぜ。幸せすぎて朝になっても布団から出たくなくなるほどなんだ」



「大丈夫ですよ、私がいつでも引きずり出してあげますので安心してください」


「…そ、そうか、ありがとう」


 布団の楽しさが、ステラにはうまく伝わらなかった。



「眠らなくていいとしたら、ステラは300年もの間、宇宙船に一人で何をしていたんだ?」


「眠っている訳ではありませんが、異変がない期間は機能を休止したりもしていました。それ以外にも、バグボットちゃん全員に名前をつけたり、絵を描いたりもしました。私は絵も得意なんですよ、お見せしますか?」


 そう言うとステラは、自分が描いたと思われるイラストの一つをホログラムとして手元に映し出した。



 その映像を見てカズヤが絶句する。


 そこには、まるで幼稚園児や子どもが描く落書きのようなイラストが映っていたのだ……!


 統一性のない色彩で不完全な模様が踊り狂い、たどたどしく曲がりくねった線が独自の世界観を表現している。



(なんでこんな稚拙な絵なんだ!? ザイノイドなら写真のような精細な絵を描くことができるんじゃないのか。なんでわざわざ下手くそに描いてるんだ?)


「……お、おう、味がある絵だな。なんかこう、写真みたいにリアルな感じじゃないんだな」



 ステラのプライドを傷つけないように、カズヤは気を使いながら感想を述べる。


「リアルな画像なら写真でいいじゃないですか。実物を見ながら何を描いて、何を描かないのか。どう表現するかを想像するのが、絵の醍醐味じゃないですか」



 ステラはまるで、どこぞの一流画伯のような台詞をはく。


 カズヤは何も言えずに黙ってうなずいた。


 あんな絵でも、ステラが一生懸命考え抜いて描いた絵だと思うと、何となく価値があるような気がしてこなくもなかった。




「それで、二人にはどんな宿がいいのかしら。バルくん、お勧めの宿を教えてくれる?」


「まあ、冒険者が使うような宿がいいんじゃないですかね。知り合いの宿が空いているか聞いてみますぜ」


 バルザードに案内されたのは、他の住宅よりも一回り大きな庶民的な宿だった。さいわい二人分の部屋は空いていた。



「おい、お前らの部屋はどうするんだ? 一つでいいのか」


 バルザードに言われて、初めて置かれた状況に気が付いた。


 ステラと一晩どう過ごしたらいいのだろうか。



「私は眠る必要がないのでどこでもいいです。脆弱なマスターの安全を考えると、できれば同じ部屋がいいですけど」


 ステラが当然のことのように答える。



「あの、聞こうかどうか悩んでたんだけど……。カズヤとステラは一体どういう関係なの!?」


 アリシアが好奇心を抑えられないといった感じで、前のめりで聞いてきた。


「マスターは私の支配者です。命令に服従するようになっていますので、私が逆らうことはありません」



  「おいおい、何て言い方をするんだよ!」


 間違っていないかもしれないが、完全に誤解を生みそうな発言だ。ステラはいつものように平然と答えるが、横で聞いていたカズヤは大慌てだ。



「支配者!? ねえ、カズヤ。ステラのことを何だと思っているの?」


「いや、その、実はステラは人間では無いんだ。俺たちは普通の関係じゃなくて、ちょっと特殊というか……」


「普通じゃなくて特殊な関係ですって!?」


 アリシアは信じられないことを聞いたように、目を見開いて息をのんだ。



「バルくん、カズヤにはちょっと問題があるかもね。部屋は2つに分けた方がよさそうよ」


 アリシアは納得したようにうなずくと、2部屋予約するようにバルザードに指示を出した。



「アリシアに何か誤解されたようですね?」


「いや、お前の言い方だよ……」


 ステラの失言で、アリシアにいらぬ誤解を生んでしまった。


 アリシアの視線が痛い。



「とにかく、いったん別れるわね。私は王宮に戻ってお父様に報告をしなくっちゃ。晩餐会の準備ができたら呼びに来るから、それまでここで休んでて」


 そう告げると、アリシアとバルザードは宿から出ていった。



 案内された部屋にはベッドと机と椅子が置かれているだけだった。


 古びて色褪せた家具だったが暖かさが感じられる。


 机の上には魔石がはめられた灯りがあり、何とはなしに懐かしさを感じた。地球にあった電灯のように明るさを調節できるツマミまでついている。



 その隣には電気ケトルのような物も置かれていて、お湯を湧かすことができる。魔石と魔法という未知の文化ではあったが、生活のなかで人が求める道具は似ているようだ。


 部屋に入ったカズヤは少しほっとした。一人きりになるのも久しぶりだった。


 椅子に座ってくつろぐと、これまでに起こったことを思い出した。



 川辺で倒れていた所から始まって、魔物や見知らぬ男に殺されそうになり、墜落した宇宙船でステラに助けられ、魔物と戦った後にアリシアやバルザードと初めての街を観光した。


 あまりの出来事の多さに圧倒されてしまう。



 カズヤは吸い込まれるようにベッドの上で横になると、いつの間にか意識を失うように眠ってしまった。

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