021話 ギルドの模擬戦

 

「ステラ、例のブラスターを貸してくれるか?」


 冒険者になるためには、試験官との模擬戦が必要だということを、カズヤはその場で初めて聞いた。剣の握り方すら分かっていないのに、模擬戦なんてできる訳がない。


 ステラの装備を借りないと勝負になる気がしなかった。



「いいですけど、今のマスターなら、ブラスターを使わなくても大丈夫だと思いますよ」


「いやいや、冗談だろ!? これまで剣を握ったことすら無いんだ。模擬戦なんて絶対に無理だよ」


 カズヤの心配をよそに、ステラは全く問題ないという様子だ。



「ザイノイド化した右腕の部分は、腕力と反射能力が人間の数十倍あります。相手の攻撃に気が付いてからでも十分間に合いますよ」


「ほ、本当か……?」


 カズヤは半信半疑で、いまいち信じきれない。



「キリヤマカズヤ、訓練室に入れ!」


 カズヤが心を決める前に、屈強な男が事務的な声でカズヤを呼びつける。


 あの男が試験官なのか。



 カズヤはブラスターを諦めると、緊張しながら訓練室に入った。


 訓練室は小さな闘技場のようになっていて、四角い壁で囲われた上部には、見学用の座席が少しだけ並んでいる。



「お前は魔法を使うのか? 使わないならそこにある木刀を使え」


 魔法を使えないカズヤは指示されたまま、ぎこちない手つきで木刀を手にする。戦闘なんか元の世界でも経験が無いので不安しかない。



「よし、それじゃあ、好きなように打ち込んでこい。遠慮はいらんぞ!」


「……くそ、どうにでもなれ!」


 試験官の言葉通り、カズヤは正面から出鱈目に打ち込んでみた。



 するとザイノイド化された右腕の力で、想像以上のスピードで木刀が振り下ろされる!


 試験官はあわてて身体の前で受けようとするが止めきれない。試験官の木刀が訓練室の端まで弾き飛ばされた。



 石畳に直撃したカズヤの木刀は、打ち付けられた衝撃に耐えきれずに根元から折れている。


 試験官が手を震わせながら、呆然とカズヤを見つめていた。もしカズヤの打ち下ろしがもっと正確だったら、試験官は大怪我をしていたところだ。



「な、なかなか力が強いようだな……。思わず手を離してしまったが、毎回うまくいく訳ではないから気を付けろよ」


 試験官は、カズヤの腕力が信じられずに冷や汗をぬぐった。



 二人は新たな木刀を持ち直して、再び向かい合う。


「……それじゃあ、もう一度いくぞ。今度は私から打ち込むからな」


 試験官が両手で木刀を握りしめる。そして足が半歩前に出たかと思うと、一気に木刀を振り下ろしてきた。


 初心者のカズヤを相手に、容赦のない本気の一撃だ!



「ま、まじか……!」


 逃げ腰だったカズヤは、右腕で咄嗟に顔を隠す。


 試験官の攻撃がカズヤの顔に当たるかという寸前。想像よりも素早い動きで繰り出されたカズヤの右腕が木刀を防ぐ。


 試験官の木刀とカズヤの右腕が、激しくぶつかり合う……!



「痛てっっ!」


 悲鳴をあげたのは試験官の方だ。


 試験官は堅い岩盤を打ち付けたような衝撃を感じて、思わず木刀を手放してしまう。折れ曲がった木刀が、ころころと石畳のうえを転がっていく。


 試験官は腕のしびれを押さえながら、カズヤの異常な防御スピードに驚いていた。



 思いがけず受け止めたカズヤは、右腕を上げたまま微動だにせず固まっている。攻撃を防いだことも木刀を折り曲げたことも、何が起きたのか全く理解していなかった。


「……す、凄まじい腕力だな。まるで岩に打ち込んだみたいだった。これだけの腕力があれば魔物相手にも通用するだろう。特例でEランクからスタートだ!」



 何が起きたのか分からずに、訓練室からふらふらと出てきたカズヤに対して、アリシアとバルザードが大喜びで拍手している。


「すごいじゃない、カズヤ! こんなに強かったのね」


「打ち込まれる寸前まで敵を引き付けて、そこから跳ね返すなんて、なかなか出来る動きじゃないぞ!」


 カズヤの無様な戦いを、二人が良いように評価してくれる。カズヤは気まずくなって苦笑いを浮かべるしかなかった。



 ステラだけは、勝って当然とばかりにカズヤを出迎える。


「だから言ったじゃないですか。一般の兵士相手なら心配することはないですよ。ご希望でしたら、いつでも全身をザイノイド化しますけど」



「いやいや、それはいいよ」


 カズヤはあわてて、ステラの申し出を断った。


 たしかに全身をザイノイド化すれば、ステラの言うようにもっと強くなれるかもしれない。しかし、それでも健康な身体をあえて機械に変えたいとは思わない。


 機能性だけでなく自分の身体には愛着がある。簡単に手放す気持ちにはなれなかった。



「もし強い敵が現れたら、またブラスターを借りればいいだろ?」


「ブラスターが効かない魔物もいたじゃないですか。過信は禁物ですよ」


 カズヤの軽口をステラが戒めた。


 確かにブラッドベアがブラスターの光線を弾いていた。いざという時の為に、自分の身を護る方法も考えなければいけない。



 せっかくなので、カズヤは近くにいたバルザードに尋ねてみた。


「ブラッドベアっていう魔物には、光線のような攻撃は通用しないのか?」


「あいつは魔力が高いから、魔法への抵抗力も強いんだよ。生半可な魔法では傷つけられないから、剣や斧で力づくで斬るしかない。魔法が効かない魔物は他にもいるぜ」


 他にも魔法や光学系の武器が効かない魔物は存在するのか。それなら、こちらの世界の武器の使い方を、もっと覚えた方がいいかもしれない。




「次はステラだ、訓練室の中に入れ!」


 指導官が声を張りあげる。


 呼ばれたステラは涼し気な顔で訓練室に入った。ステラの強さがあれば模擬戦程度は全く問題ないだろう。


 この間に、カズヤは魔法についてアリシアに聞いてみることにした。



「アリシア、この世界の魔法ってどんな仕組みなんだ?」


「魔法の仕組み……? うーんと簡単にいうと、呪文を唱えると腕や宙に紋様が浮かび上がってきて、体内の魔力を相手にぶつける感じかしら」



「体内の魔力って、誰にでもあるものなのか? 俺の身体には魔石が無いみたいんだけど」


「魔石が無い人に出会ったのは初めてだから分からないわ。魔力が小さい人は簡単な魔法しか使えないの。増やす方法はなくはないけど限界があるし」



 魔力が少ない人は簡単な魔法しか使えない。ということは、魔力が無い人は魔法を使うことができないということではないのか。


 自分の分析が当たっているような気がして、カズヤは大きく肩を落とした。せっかく異世界に来たのに、魔法が使えないのは残念すぎる。


「逆に私は、魔力が多すぎて苦労してきたからね……」


 そういうとアリシアは自分の両手を見つめた。

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