019話 異世界身分証

 

 屋台のオヤジが、鉄板の上に串焼きを乗せて短く詠唱をすると、鉄板の下にある木の枝に火がついた。


「おお、おじさんも魔法が使えるのか!」


「なんだよ、ただの生活魔法だよ。兄ちゃん、使えないのか?」


 屋台のオヤジは意外そうな顔でカズヤに尋ねてくる。



「カズヤ、着火の魔法くらいなら誰でも使えるわよ。水をちょっと出したり風を起こしたりする程度の生活魔法は、ほとんどの人が使えるんだから」


「なるほどな。普段の生活から魔法を利用してるんだな」


 この世界での魔法の普及具合に、カズヤはひとしきり感心した。




「ほれ、カズヤとステ坊も食えよ」


 バルザードが串焼きを手渡してくる。


 どうやらバルザードは、バルちゃんと呼ばれる代わりに、ステラのことをステ坊と呼ぶようにしたみたいだ。


 ステラ坊やとでもいう意味だろうか。男の子のことを意味している気がするが、ステラが気にしている様子は無い。



「いいえ、バルちゃん。私は食べる必要がないのでいらないですよ」


 ステラが美味しそうな串焼きをバルザードに返す。たしかに、ザイノイドには食事が必要ないのだ。



「ステラ。動力源はエネルギーコアだと言ってたけど、味は分かるのか?」


「味覚はありますけど、ほとんど使いません」



「ええっ!? それじゃあ、食事を楽しむことはないのか?」


「逆に楽しむ必要があるんですか? エネルギーにする訳ではないですし、呑み込むこともできないんですよ」


 ザイノイドには食べ物を消化する仕組みは整っていないようだ。たしかに必要のない機能だから無くて当たり前だとは思うが。



「そうか、それならやっぱり俺はザイノイドにはなりたくないな。食べるのが人生で一番の楽しみなんだ」


 ザイノイドの味覚の話を聞いて、カズヤの意思はますます固まった。



「本当みたいですね。食べ物を見ているだけで、マスターの心拍数と血圧が急上昇していますから」


 ステラが呆れたような視線をよこす。



 そんななか、アリシアはこちらの会話を気にもせず、むしゃむしゃと串焼きを頬張っている。


 それにしても、一国の姫様が屋台で立ち食いする絵面はどうなんだろうか。


 いくらエルトベルクが小国だからといっても、特別なことだと思うのだが。市民がアリシアが居るのを自然と受け入れていることに驚いた。




 すると、こちらを見ながらヒソヒソ話していた女性の中から、一人が勇気を出したようにアリシアに近付いてきた。


「……アリシア様、隣のゴンドアナ王国の争いに参戦するという噂は本当でしょうか?」


 突然、政治的な話題を振られたので、聞いていたカズヤの方がどきりとした。



「大丈夫よ、心配しないで。参戦しないと、すでに断りの返事を出してあるわ」


「本当ですか!? それを聞いて安心しました。夫が兵士をしているものですから……」


 女性は深々と頭を下げると、安心したように離れていった。こんな政治に関わることを街なかで突然尋ねられても、アリシアが気さくに答えることに驚いた。



「どうしたんだ? いきなり政治的なことを聞かれたけど……」


「ゴンドアナ王国は、エルトベルグの北にある国なんだけど、援軍を送って欲しいって、以前から頼まれてたのよ」


<i802525|36495>



「かなり大事な話に聞こえるけど、答えても大丈夫なのか?」


「相手国にはすでに伝え終わっている話だからね。一般の人でも知っている人はいるから大丈夫よ」



 アリシアは何でも無いことのように答えた。この距離の近さが、アリシアの親しみやすさの秘密なのかもしれない。


 カズヤはこの国の政治の仕組みについて、少し考えさせられるのだった。




 *


「ところで、カズヤたちは何か身分証を持ってるの? どのギルドでもいいんだけど」


 屋台がある市場から離れると、アリシアがふと気付いたようにこちらを振り向いた。


「いや、何も持っていないけど」



 気付いたら川辺で倒れていたのだ。この世界の身分証なんか持っているはずがない。


 ギルドという名前を聞いて、カズヤはかつてプレイしていたゲームのことを思い出した。何かの職業団体のことだろうか。



「この世界で生活していくなら身分証が必要よ。エルトベルクだけなら私が用意してもいいけど、他の国に行くことも考えたら、冒険者ギルドで冒険者の手続きをするといいわ」


 確かにエストラの街を城門から出入りする時に、兵士が身分証を確認していたことを思い出した。


 今回はアリシアがいたからノーチェックだったが、今後はそうも言っていられないだろう。



「冒険者ってどんなことをするんだ?」


「それなら、バルくんの方が詳しいわ」


 アリシアがバルザードに話を振る。



「まあ、冒険者ってのは何でも屋みたいなもんだな。報酬をもらって、魔物退治をしたり街の警備や家の力仕事を手伝ったりするんだ」


 なるほど、冒険者というのは、この世界の庶民の生活を円滑に回すために欠かせない職業のようだ。



「そうえいば、バルザードは元Sランクとか言ってなかったか?」


「そうだぜ。ランクの仕組みを話すと、少し長くなるぞ」


 断りを入れると、バルザードは冒険者ギルドに向かって歩きながら説明してくれた。



 冒険者には冒険者ランクというものがあって、最も初心者であるFランクからスタートして、依頼をこなすたびにF→E→Dとランクが上がっていく。


 Eランクでようやく経験者として認められるようになり、Dランクで一人前と呼ばれるようになる。Cランクでは一流冒険者と考えられていて、Bランクの上はAランクとSランクと続いていく。


 Aランクまでくると、国の中でも数えられるほどの人数しかいない。Sランクにいたっては、国に一人いるかどうかというレベルらしい。



「そう考えると、バルザードのSランクは別格ですごいんだな」


「おっ、やっと分かってくれたか!」


 バルザードは、嬉しそうにニヤニヤし始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る