018話 街鳴り
服屋の用事を済ませて外に出ると、目の前に大きくて立派な建物があることにカズヤは気が付いた。
「この街では珍しく高い建物だな……。これは何だろう?」
カズヤの独り言を耳にしたアリシアが、親切に教えてくれる。
「これはサルヴィア教の教会よ。私もそうだけど、この国の多くの人が信者になっているの」
なるほど、確かに元の世界の教会のようにも見える。多くの人が出入りしているので、信者もたくさんいるようだ。
「数百年前、この世界が大災害に襲われた時。サルヴィア様が4人の天使と共に空からやってきて、みんなを助けてくれたと伝えられているわ」
「……ん、ひょっとして、この世界には神様や魔王が存在しているのか!?」
神様や魔王はファンタジーものの定番ではないか。この世界には存在しているのか、確認するのを忘れていた。
「そんな訳ないじゃない。サルヴィア様の話は神話のなかの物語よ。大災害の後に少しだけ地上にいらっしゃったけど、やがて空の上に帰って行ったと言われているわ」
なるほど。魔法があるとはいえ、神様や魔王が存在する世界ではないのか。そうであれば特に気にする必要はなさそうだ。
*
服屋を離れたカズヤたちが歩いていくと、向こうの方から騒々しい街の喧騒が伝わってきた。店舗型の落ち着いた店が集まったところから、人ごみが多い雑然とした市場にたどりついた。
どこか寂しく感じられていたエストラの街だったが、市場に着くとさすがに活気が感じられる。多彩な露店や商店が立ち並んでいて、賑やかな雰囲気が漂っていた。
鮮やかな色彩の布、奇妙な形状の果物や野菜が並べられていて、人々が思い思いに買い物をしている。
(街全体が、これくらい活気があるといいのにな)
カズヤがそんなことを考えていたとき、突如として風が吹きすさぶような大きな音が聞こえた。
ボーッという街全体に低く響き渡るような音だ。しかし、周りを見ても風は吹いていない。
不思議そうな顔をするカズヤを見て、アリシアが笑って説明してくれた。
「エストラ名物の『街鳴り』よ。夕方近くになると、どこからともなく聞こえてくるの。原因は分からないんだけど、しばらくしたら鳴り止むわよ」
異世界にはそんな現象もあるのか。風が吹いていないのに、音だけ聞こえてくるのが不思議だった。それに……、
「風の音が地面を伝わってくるような気がするんだが……」
カズヤはステラの方を見ながらつぶやく。ステラも確信を持てないのか返事がない。この世界に来て間もないので、まだまだ分からないことの方が多かった。
「少しお腹がすいたわ。今日の夜は王宮で御馳走するから楽しみにしててね」
「お、王宮で食事だって!?」
思いがけないアリシアの申し出にカズヤは絶句する。
一般庶民のカズヤにとって、王宮へ行くだけでもとてつもなくハードルが高かった。
元の世界でさえマナーに疎かったのに、この世界のしきたりなんか何も知らない。ましてや食事までするなんて、緊張で食べ物が喉を通らないような気がしていた。
「それに、お父様もお礼を言ってくれるはずよ。ここ数年は体調を崩してしまっているから、長い時間は無理だけど」
「アリシアのお父様ということは、この国の王様か……」
カズヤは、よりいっそう緊張感が高まってきた。
「陛下は厳しさと優しさを兼ね備えていて、国民にも広く慕われている。今回は姫さんを助けたんだから、お前が心配することはないさ」
顔色が変わったカズヤを見て、バルザードが励ましてくれた。
「夜のご馳走までは時間があるから、少しくらいなら屋台で食べても大丈夫よね。バルくんお勧めある?」
アリシアが食べ物屋が並ぶ方に、ふらふらと吸い込まれていく。屋台で何を食べようかと悩んでいた。
「それならボーボ鳥の肉が一番美味いですぜ。柔らかくて舐めるように軽く噛むと、中から肉汁が溢れてくる。薬草の香りが口の中に広がってくるのが最高なんだ」
バルザードが、狼顔でニヤリとしながら勧めてくる。
本当に美味そうに聞こえてくるから不思議だ。本格的な食レポを聞いて、カズヤもよだれが出そうになる。
ボーボ鳥の屋台を見つけると、バルザードが注文して支払いを済ませてくれた。
「ちなみに、これで幾らくらいするんだ?」
「1本で200
なるほど、串焼きが200円くらいだと考えるとイメージしやすそうだ。
ついでにアリシアたちに、この世界の他の単位についても確認しておく。
長さに関しては3歳の子どもの身長を基準にして1
時刻も一日を12等分して1刻、2刻と数えている。1刻を2時間と考えれば問題ない。
単位の説明を聞きながら、カズヤは屋台のオヤジが料理する様子を興味深く見守っていた。
オヤジが鉄板の上に串焼きを乗せて短く詠唱をすると、鉄板の下にある木の枝に火がついた。
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