014話 裏の顔


 銀髪の男は何事も無かったように近付いてきた。


 アリシアの前でうやうやしく一礼する。


「これはこれはアリシア様、無事にブラッドベアを退治されたようで安心しました。心配のあまり、持ち場を離れてここまで駆けつけて来てしまいました」



「テセウス騎士団長、出迎えありがとう。あなたが報告してくれた魔物たちの正体が分かったわ。ブラッドベア2匹とオークの群れよ」


「お役に立てて本望です。アリシア様と国民の為になることが、私にとっての何よりの幸せです」


 テセウス騎士団長と呼ばれた男は丁寧な言葉を遣い、芝居がかった様子で頭を下げる。



「以前の魔物の襲撃で、あなたに助けられたことを思い出したわ。あなたが来てからまだ1年足らずだけど信頼してる。これからもお願いね」


「もったいないお言葉です。たとえ我が身が果てたとしても、陛下やアリシア様をお守りする覚悟です」


 テセウスは歯が浮くような台詞を言い放ち、アリシアも満足げにうなずいた。



(くそ、この男は何を言っているのだ! つい先日、俺に襲いかかってきたじゃないか。鎧の意匠が一般の騎士と違ったのは、騎士団長と呼ばれる地位にあるからか!?)


 この男が、まるでカズヤを殺そうとしたことが無かったかのように、平然と現れたことが信じられなかった。



「お前は俺を襲ってきた……!」


 カズヤは驚きと怒りをこめた表情で、テセウスと呼ばれた男を睨みつけた。


「おやおや……」


 テセウスもカズヤに気付くと少し目を見開いた。



 そして、皮肉っぽく薄く笑うと、何事も無かったようにアリシアに向かって話を続ける。


「実は、私の持ち場の村で魔物が発生したので救援に行っておりました。かなり手強かったので時間がかかってしまい、すぐにお助けできなかったことをお詫びします」



「そうだったのね、あなた程の人が苦戦したのだから仕方がないわ」


 テセウスへのアリシアの信頼は大きそうだ。一年前に来たばかりだと言っていたが、短い期間でここまでの信頼を築きあげたようだ。



「そうそう、ブラッドベアの内の一匹はこの人たちが倒してくれたの」


 アリシアは思い出したように、カズヤとステラを紹介する。


 いや、そんなことより、この男に襲われたことの方が大事だ。



 テセウスはカズヤに何かの邪魔をされたと怒っていた。それはアリシアがブラッドベアに襲われていたのをカズヤが邪魔をした、と言っていた可能性がある。


 こいつはアリシアを陥れただけでなく、邪魔をした俺を殺そうとしていたのではないか。



 テセウスはウィーバーから降りたカズヤを、目を逸らさずに凝視している。


「そうですか、アリシア様を助けて頂いて感謝致します。アリシア様に何かあったら、私ごときの命を差し出しても釣り合わないでしょう」


 アリシアを敬っているかのように大げさに振舞うが、こいつの本心は真逆ではないのか。




「おい、何を知らないフリをしているんだ。お前は俺を殺そうとしただろう!」


「はて、何のことでしょう。あなたとお会いするのは初めてですが。このような珍しい服装の人と出会ったら、忘れることはないと思いますが」


 カズヤの怒気のこもった声を、テセウス騎士団長はしらじらしい口調でやり過ごす。明らかにカズヤに気が付いているが、知らないフリを貫くようだ。



「お前に斬られて右腕を失ったんだ。お前の顔は忘れもしないぞ!」


「誰かと人違いされているのでしょう。何か証拠でもお持ちですか?」


 眉をひそめて困ったような口調で返事をする。立派な身なりをした男が、ことさら丁寧なふるまいをすると説得力が増す気がする。



 あんな場面で、カズヤが証拠になる物を持っているはずがない。


 ステラに出会う前だったので、ボットたちの力も利用できなかった。周りから見るとカズヤの方から因縁をつけているように見えるだろう。



「二人ともいったいどういうこと? カズヤを襲った男性というのがテセウスなの?」


 カズヤとテセウスのやり取りを聞いて、剣呑な空気を感じ取ったアリシアが尋ねた。



「残念ながら、この方は誰かと人違いされているのかもしれません。恐ろしい体験をした時には記憶があやふやになることが多いですから」


「そうね。でもカズヤが、わざわざ嘘をつく理由は無いと思うけど……」


 アリシアは、複雑な表情でテセウスを見ている。



 悔しがって黙り込むカズヤを見て、テセウスは満足げだ。


「ちなみに、彼らは何者ですか?」


「違う世界から来たお客様よ」



「違う世界!? 他の国からではなくてですか? アリシア様、窮地から助けた演技をして近付こうという輩もいます。少し疑った方が良いのではないですか?」


 今度はテセウスから反撃が飛んできた。


 カズヤたちを疑う空気を作り出そうとしている。

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