015話 疑惑
「アリシア様、彼らのことを少し疑った方が良いのではないですか?」
今度はテセウスから反撃が飛んでくる。カズヤたちを疑うような空気を作り出そうとしてきた。
「いいえ、そんなこと無いと思うわ。彼らは二度も私を助けてくれたし、言っていることは信用できそうよ」
しかしアリシアは、カズヤたちをフォローしてくれる。テセウスの訴えを鵜呑みにしないのはありがたかった。
カズヤは、この場でテセウス騎士団長を問い詰めることをあきらめた。
証拠も無いのに、これ以上追及するのは無理だろう。相手は騎士団長らしいのでカズヤの立場が悪くなるだけだ。
この男に殺されかけたことは間違いない。だが、カズヤはひとまず心の中にしまっておくことにした。
「アリシア様、それでは一緒に城へ戻りましょう。陛下に報告をしなくては」
「いいえ、城へは後で戻るわ。この人たちにエストラの街を案内する約束をしているの」
「この者たちをですか!? それでは私が警護に付きます」
「バルくんがいるから大丈夫よ。あなたの気持ちは嬉しいけど、代わりにお父様への報告をお願いするわ」
「そうですか……、分かりました。念のため、私の部下に離れたところから監視するように伝えます」
テセウスは少し不服そうな表情を見せたが、すぐに笑顔に切り替えて一礼する。そのまま部下に指示を出すと、その場を去っていった。
「どうかしましたか、マスター?」
カズヤの異変を感じたステラが声をかける。
「ステラに助けられたときに襲ってきたのはあいつなんだ。あいつに殺されかけたせいで、俺は大怪我をしたんだ」
「そうだったんですか。その時の出来事は、私の方にも映像が残っていないので分からないですが……」
そう言うと、ステラは声をひそめてカズヤに耳打ちした。
「ただ、この騎士団長のテセウスとかいう男は、先ほどアリシアが魔物と戦っている時に、離れた所からこちらの様子を黙って伺っていました。主君であるアリシアを助けるそぶりすら見せませんでした」
「なんだって!? アリシアがブラッドベアに襲われていたのを黙って見ていたのか。どこかの救援に行っていたとか言ってなかったか?」
「同じ時刻に、近隣で魔物と戦闘を行なっていた場所はありません」
カズヤの大声を聞いて、アリシアとバルザードが足を止めた。
「ということは、今回の戦闘は奴が仕組んでいた可能性もあるのか」
「自作自演ですか。可能性はあります」
奴ならやりかねないとカズヤは感じた。
「あのテセウスという男は、アリシアたちがブラッドベアに襲われていたのを黙って見ていたようだぞ」
アリシアとバルザードに、ステラが見たというテセウスの行動を知らせる。
「本当!? ちょっと信じられないわ。テセウスは持ち場にいたから、もともとこの近くにはいないはずよ。村の救援に行っていたと言っていたし、彼が任務を放棄するとは思えないわ」
「あの男は気に食わない面も多いが、就任以来、仕事は忠実にこなすという評判だ。姫さんが襲われているのを知っていたら、騎士団長ならすぐに駆けつけるはずだぜ」
カズヤの警告も、二人にはうまく伝わらない。
アリシアとバルザードには信じられない話のようだ。
二人からのテセウスの評判は上々だ。すでにテセウスには、真面目で信頼できるというイメージが出来上がっていた。今回のことだけで積み上げた信頼を崩すのは難しいかもしれない。
ただステラの映像が残っているはずだ。
「ステラ、その時のテセウスの映像を映せるか?」
「もちろんです」
ステラは空中に全員が見られるように大きめのスクリーンを映し出した。二人から驚きの声がもれる。
「おお、すごい魔法だな! こんな魔法は見たことがないぜ」
「どんな魔法を使っているの!? ぜひ研究してみたいわ」
アリシアが羨望の眼差しでステラを見る。
だが、魔法ではないと分かると少しがっかりしたようだ。
そのスクリーンに、テセウスが小高い場所から遠くの景色を眺めている映像が流れる。
「……これだけでは何とも言えないな。どの時刻かも分からんし、幻術の魔法かもしれん」
確かにこの映像だけでは、テセウスがアリシアの戦闘を傍観していたことの証拠にはならない。
「この映像だけだと、カズヤの訴えは保留せざるを得ないわね。嘘をついているとは思わないけど……」
アリシアもテセウスを疑うことはないようだ。
カズヤは、テセウスを追及することは完全にあきらめた。
よそ者のカズヤがこれ以上強弁したところで、変に疑われてしまうだけだ。
(ただ誰が何と言おうと、奴が俺を殺そうとしたのは間違いない……!)
先程の態度からも、テセウスは表と裏の顔をうまく使い分けているに違いなかった。奴に裏の姿があることを、うまく伝えられれば良いのだが。
カズヤはテセウスへの警戒心を強めていった。
*
アリシアに案内されて、エストラの街へと入っていく。大きな石を積み上げた城門をくぐると、そこはまさにファンタジーの街だった。
時折、耳の長い美しいエルフや、背が低くて力強いドワーフが通り過ぎていく。物語から飛び出したかのような石畳の道にレンガ造りの建物。
そんな街の往来を闊歩するのは不思議な生物の乗り物と、エルフやドワーフといったファンタジー世界の住人だった。
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