013話 カズヤを襲った男

 

「そういえば、魔物の情報を聞いたと森の中で言ってましたけど、わざわざ、姫様が直接見に来たということですか?」


 さり気なく敬語を使いながら、今度はカズヤから尋ねてみる。



「上に立つ人間が後ろに隠れていたら示しがつかないでしょ。それに私は魔法が得意だから、ちゃんと戦えるのよ」


 たしかに、アリシアは3体のオーク相手に一歩も引いていなかった。



 これは偉い立場の人間には聞かせたやりたいセリフだ。


上にたつ人間が率先して戦ってくれれば、下の者も信頼してついて行く気になるものだ。



「その途中で、一人で森の中へ入っていく女の子の姿が見えたから、慌てて追い掛けちゃったのよ」


「その女の子は俺たちには見えてないんですがね。姫さんの姿が見えなくなって肝を冷やしましたぜ。見知らぬ男性に助けてもらったと知ってホッとしてたけど、それがお前なら大感謝だな!」


 バルザードが思い出したように口をはさむ。



「あんな所に女の子がいるはずがないもんね……。私だけ幻術の魔法を見せられていたのかも」


 アリシアが笑って答える。生きて帰ってきたから良かったが、姫様に何かあったら大問題だったはずだ。




「それにしてもカズヤ、どうして急に敬語になっているの? 前にあった時は普通に話していたのに」


 話し方を急に敬語に変えたことを指摘されて、カズヤは気まずくなる。


「いいえ、アリシア様がお姫様だとは知らなくて。さすがに敬語を使わないとまずいかなと……」



「今までみたいに普通に話して欲しいわ。そのままアリシアと呼んでよ」


「い、いや、流石にそれは失礼ですよ。一国の姫様相手に呼び捨ては無理です」


「二人とも別の世界から来たのでしょう? それなら、無理にこの国のルールに合わせる必要はないわよね。この国では姫様扱いされて、よそよそしい人ばかりで寂しいのよ」



 違う星から来たというトンデモ話を、うまく利用されてしまった。一般庶民がお姫様と距離をおくのは当然だと思うが、よそよそしいと言われると困ってしまう。


「そうはいっても……」


 お姫様の無茶ぶりにカズヤは返答に困った。



「ステラはどう思うかしら?」


「私は別に呼び捨てでも構いません」


 相変わらずステラは、空気を読まずに直答する。



「そうよね、こんなことで気を使う必要なんて全くないわよね」


「し、しかし、アリシア様……、」


「ア・リ・シ・ア!」



 渋るカズヤに、アリシアは軽く睨んだフリをする。


 バルザードに目をやると、やれやれといった態度で呆れている。こうなると逆らえなさそうだ。こんなところは、さすがにお姫様といったところか。



「分かりました。それじゃあ、姫様の命令ということにしておきます」


 カズヤは観念してうなずいた。


「俺も『バルちゃん』って呼ばれるのも、嫌なんだがなあ」


 バルザードがステラの方を向いて愚痴る。



「バルちゃんはバルちゃんですよ。代わりに私のことを好きに呼んでもいいですよ。『ステラちゃん』なんてどうでしょう?」


「そんな俺様、想像できないぜ……」


 不満そうなバルザードがブツブツ言っている。



 呼ばせる気も無いのに平然と言ってのけるステラの神経が信じられない。


 わざとなのかザイノイドゆえの自然体なのか分からないが、場の雰囲気を察せずに直言するステラに、カズヤはハラハラすることが多かった。



(……ん、それなら俺もステラのことを別の呼び方にした方がいいのか)


 カズヤが考え出した途端、ステラはカズヤの顔を見ると、


「マスターは、ちゃんと『ステラ』って呼んで下さいね」


「あ、ああ、分かってるよ……」


 ザイノイドとはいえ人の心を読む力はないはずだが。考えを先読みされたカズヤは黙るしか無かった。




「それじゃあ、エストラの街に戻りましょう。付いてきて」


 アリシアとバルザードは用意された馬にまたがる。


 カズヤは喜んでついていくことにした。とにかく、この国の姫様に街を紹介してもらえるなら、願ってもない申し出だ。


 カズヤとステラはウィーバーに乗った。





 アリシアを先頭にしながら騎士の隊列が街道を進んでいく。


 街道はアスファルトはもちろん、石やレンガで舗装されている様子はない。土を踏み固められているだけの、幅5m以上はありそうな広い道だ。



 しばらくすると、遠くの方に城壁のある街が見えてきた。城壁の奥には石造りの建物の屋根が見え、さらにその奥に高くて美しい尖塔が目に入った。


 城門付近まで差し掛かると、横の建物の中から銀髪の身なりのよい騎士が現れて近寄ってきた。


 その姿を遠目から見たカズヤに戦慄が走る……!



(あいつだ!! なんでこんな所にいやがる!?)


 それは森の中でカズヤを襲った男だった。


 銀髪に黄色の眼で整った顔立ちも、身につけている鎧姿も間違い無かった。

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