012話 ステラのお気に入り


 気を取り直したカズヤは、アリシアに案内されて街の奥へと入っていった。


「ここはエストラといって、エルトベルク王国の王都なの。全人口の半分くらいが、ここにいるのよ」


「この国の人口って、どのくらいなんだろう?」



「王国全体で15万人くらいよ。エストラには半分の7万人くらいかな」


 なるほど。人口的に考えると、それほど大きな国や都市という訳ではなさそうだ。


 エストラは城壁に囲まれた円形の町で、ピザ型のように1から10区画まで分かれている。中心部に王宮があり、そこから放射状に道がのびていた。



「お父様のお祖父さまが、100年前にここに住んでいた魔物を倒して、この街を作ったの。もともと何もなかった土地に新たな街を建設したのよ」


 アリシアが、エストラの歴史を得意げに教えてくれる。



 アリシアは国を開いた英雄の末裔ということだ。それならば先祖を自慢に思うのも不思議ではない。


 それに100年前に建国ということは、国としては割と最近に作られたといってもいい。


 一見すると、世界遺産のヨーロッパの城塞都市のようだったが、街道や建物に歴史を感じる古さがなかったのは、そういうことだったのだ。



「それじゃあ二人共、どこを見たい?」


 少し前を歩いていたアリシアが振り向いた。


「街の説明をしてくれた後に申し訳ないんだけど……。まずは服を買いたいんだ」


「あら、その不思議な服装は素敵だと思うんだけど。皆が注目しているわ」


 その注目が恥ずかしいのだ。



 カズヤとステラは身体のラインがくっきり見える、ウェットスーツのような服を着ている。


 街を通り過ぎる人達が、まずは背の高いバルザードに気付いた後に、アリシアの姿を見つけて一礼し、カズヤたちを見てギョッとする。


 そんな悲しい流れができあがっているのだ。



「さすがにちょっと目立ちすぎて」


「そんなこと無いと思うけどね。それじゃあ、普通の人が着るような服屋さんに案内してあげるわ」


 そう言って、アリシアが先導して案内してくれた。



 アリシアがお勧めする店に到着すると、そこは庶民的な構えの服屋だった。一国の姫であるアリシアが、こんな店を知っていることにも好感をいだく。


 店員に勧められながらカズヤが検討していると、アリシアがにこやかな笑顔で近付いてきた。



「ついでに私も着てみようかと思って。どう、似合うかしら?」


 アリシアが身につけていたのは、シンプルな半袖のシャツと丈の長いラップスカート、そして少しくたびれた帽子だった。いかにも庶民的で、街角にいる普通の女性が着るような服だ。


 しかし、歩き方や立ち姿のせいだろうか。高貴な雰囲気は隠せていない。


 しっくりしない感じがするのか、お姫様が鏡の前でしきりにチェックしている樣子が可愛らしかった。



「その……すごくいいと思うよ。綺麗なんだから、そりゃあ何を着ても似合うよ」


 カズヤは思わず正直な感想を漏らしてしまった。


「うふふ、ありがとう! 前からこんな服装にも憧れていたの」


 頬にほんのりと赤みが差し、アリシアの顔がぱっと明るくなった。喜びが混じった照れくさそうな笑みを浮かべている。



「でも、あの……この火傷の跡、目立つでしょう?」


 そういうとアリシアは、少し恥かしそうに自分の両腕を見つめた。半袖のシャツを着たことで、指先から肘にかけての傷口があらわになっている。


 カズヤが初めて手を握られた時に気が付いた、あの大きな傷跡のことだった。



「子どもの頃から魔力過剰症という病気にかかっていて、魔力が大きすぎて制御できなくなっちゃうの。でも、そのおかげで魔力や魔法についてより深く学ぶことができたわ」


「そうだったんだ......でも、傷跡なんて別に気にならないよ。魔力を制御しようと頑張った証拠じゃないか」


 決して恥ずかしがることではない。精一杯頑張った努力の跡が残っているだけなのだ。



「そ、そうなの。ありがとう……」


 しかし、少し驚いた表情で返事をしたアリシアを見て、カズヤはすぐに心の中でしまったと思った。


 腕の傷をどの程度深刻に思っているかは本人次第だ。話題としてふれていい場合もあるし、ふれない方がいい場合もある。


 それなのに軽々しく頑張ったなんて言うのは、少し上から目線だったかもしれない。



 しかし、アリシアはカズヤの言葉を全く気にしていなかった。


 それどころか、むしろ快活さを増して飛び跳ねるように店の中を歩き回ると、今度は男性用の服を持って戻ってきた。



「ねえ。カズヤに、この服はどうかしら?」


 アリシアが差し出してきたのは、原色まみれの何やら凄い服だった。絵具をまき散らしたような極彩色で、鮮やかな色合いに圧倒されそうだった。



「さすがにこれは……。ちょっと派手過ぎないかな?」


「そう? この世界の若者には一般的なほうよ。試しに着てみたら」


 街を歩いていても、ここまで派手な服を着た人は見なかった。



 ただ若者に限定すると、確かにそんなにたくさんの人数は見ていない。この世界では年配者と若者の服装が大きく違うのかもしれない。


 せっかくアリシアが勧めてくれたのだから、とりあえず試してみることにする。アリシアが横から覗き込んでくるなか、言われた通りにアダプトスーツの上から羽織って鏡の前に立ってみる。


 しかし、どう見ても似合わない。それどころか、今の服以上に注目を集めそうだ。



「おいカズヤ、何だそのパーティーで着るようなとんでもない服は!? そんな派手な服を着ている奴なんて、貴族でも見たことないぞ」


 バルザードが、カズヤの服装を見るなり吹き出した。



「もうバルくん、言っちゃだめよ。外を歩いて、いつ気付くのか試そうと思ってたのに」


 アリシアがいたずらっぽく笑う。


 とんだイタズラ好きなお姫様だ。いや、それどころじゃない。あやうくとんでもない服装にさせられる所だった。


 カズヤは慌てて服を脱ぎ捨てた。




「カズヤさん、私はこの服に決めました」


 次にステラが着替えてきた服装を見て、今度はカズヤは絶句した。


「……そ、その服は!?」



 ステラが着ていたのは、なんと日本にもあったメイド服だったのだ。


 黒い布地でできた丈が短いスカートで、花柄や模様が付いた白いレースが縁取られている。まるで規律正しい清潔感を持ち合わせた妖精のような姿だった。


 ふわりと揺れるスカートの裾に、カズヤは思わず目を奪われる。



「ステラ、それはこの世界の使用人が着るための服なのよ。あなたが着るようなものではないわ」


 これには、さすがのアリシアも指摘する。



「いいえ、この服が一番可愛いです。絶対これにします」


 周囲に反対されてもステラは頑固に主張して、いっさい譲らない。


 ステラは冷静なように見えて、かわいい物好きの一面がある。ステラの好みが少しずつ分かってきた気がした。



「でもまあ、その服は似合ってると思うよ。ステラが好きそうな、可愛らしい感じじゃないか」


 この世界では使用人が着る物なのかもしれないが、ステラに似合っているのは間違いない。


 カズヤは素直に褒めることにした。


 ザイノイドだとかは関係なしに、ステラはとにかく可愛い物が好きなのだ。



「そうですか。別にカズヤさんのために着替えた訳では無いんですけど……一応、感謝しておきます」


 ステラは語気を強めて言い返すが、少しだけ頬が緩んでいたのをカズヤは見逃さなかった。



 結局、カズヤはベージュを基調とした無難なズボンとシャツを選んだ。ステラはお気に入りのメイド服を着こんで、ご機嫌な様子で店から出てくるのだった。




 服屋から出てきたカズヤたちは、さらに街の奥へと歩いていく。


 しかし、大好きなメイド服を着ているというのに、ステラの顔がいまいち浮かない。


 しきりに足元ばかりを気にし始めた。



「どうしたんだ、ステラ。なんか元気なそうだけど」


「カズヤさん。この街に何か違和感がありませんか? 足元の感覚が狂うような……」


 ステラが怪訝そうな顔をして尋ねてきた。



「違和感……?」


 冗談かと思いきや、ステラは意外にも真面目な顔をしている。


 足元の感覚と言われても、初めて来た異世界の街なので、当たり前の景色なのか違和感なのか分からない。


 科学技術が進んだステラにとって、石造りの街道は慣れないのだろうか。



「いや、俺は特には感じないけど」


「そうですか……。久しぶりに地面の上を歩いているので、重力の調整がうまくいっていないのかもしれませんが」


 カズヤの返答に、ステラはあまり納得していない。



「あの、この辺りの地形について、もう少し詳しい情報を手に入れたいです。上空に衛星を飛ばしてもいいでしょうか?」


 ステラからとんでもない提案が飛んできた。

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