011話 不審な行動


 今度はテセウスから反撃が飛んできた。


 カズヤたちを怪しむ空気を作り出そうとしてくる。



「いいえ、そんなこと無いと思うわ。彼らは命がけで二回も私を助けてくれたのよ」


 アリシアは、カズヤたちをフォローしてくれる。テセウスの訴えを鵜呑みにしないのはありがたかった。



「その方がアリシア様の信頼を得られるからでしょう。まずは彼らの身元を調べた方が良いのでは?」


 テセウスの余裕ぶった態度は変わらない。



 悔しそうに黙り込むカズヤを見て、テセウスは満足げにうなずいた。


「これ以上言いたいことは無さそうですね。アリシア様、それでは一緒に城へ戻りましょう。陛下に報告しなくては」



「いいえ、城へは後で戻るわ。この人たちにエストラの街を案内する約束をしているの」


「この者たちをですか? 心配です、私が警護に付きましょう」



「バルくんがいるから大丈夫よ。あなたの気持ちは嬉しいけど、代わりにお父様への報告をお願いするわ」


「そうですか……。分かりました、念のため私の部下に離れたところから監視するように伝えます」



 テセウスは少し不服そうな表情を見せたが、すぐに笑顔に切り替えて一礼する。


 そのまま部下に指示を出すと、その場を去っていった。




「どうしました、カズヤさん?」


 カズヤの異変を感じたステラが声をかける。



「ステラに助けられたときに襲ってきた男はあいつなんだ。しかも、あいつはアリシアを殺そうとしていた。なにか敵対する勢力が仕組んでいるのかもしれないぞ」


「そうだったんですね。まだこの国の社会制度まで把握してないので何とも言えませんが、敵対する貴族が王族の命を狙うのは、よくある話です」



 そう言うとステラは突然、声をひそめてカズヤに耳打ちした。


「……実は、先ほどの騎士団長テセウスとかいう男は、アリシアが魔物と戦っている時に、離れた所からこちらの様子を黙って伺っている映像がありました。主君であるアリシアを助けるそぶりすら見せていません」



「なんだって!? アリシアがブラッドベアに襲われていたのを黙って見ていたのか。どこかの救援に行っていたとか言ってなかったか?」


「ボットたちの情報では、同じ時刻に近隣で魔物と戦闘を行なっていた場所はありません」



「ということは、やっぱり奴が仕組んでいた自作自演だったのか」


 なんて奴だ。騎士団長のくせに、警護対象である自国の姫をおとしいれるとは。


 だが、あのテセウスならやりかねない。



「カズヤ、どうしたの?」


 カズヤの大声を聞いて、アリシアとバルザードが足を止めた。



「あのテセウスという男は、アリシアたちがブラッドベアに襲われていたのを黙って見ていたようだぞ」


 アリシアとバルザードに、ステラが見たというテセウスの行動を知らせる。



「本当……? テセウスは離れた持ち場にいたはずだから、もともとこの近くにはいないはずよ。村の救援に行っていたと言っていたし」


「あの男は気に食わない面も多いが、就任以来、仕事は着実にこなすという評判だ。騎士団長としての奴の実力は間違いないから、ブラッドベアだと知っていたら、すぐに駆けつけたはずだぜ」



 カズヤの警告も、アリシアとバルザードにうまく伝わらない。


 やはり二人からのテセウスの評判は悪くない。


 すでに真面目で信頼できるというイメージが出来上がってしまっているので、積み上げた信頼を崩すのは難しいかもしれない。



 ただ、今回はステラの映像が残っているはずだ。


「ステラ、その時の映像を映せるか?」


「もちろんです」


 ステラは空中に全員が見られるように大きめのスクリーンを映し出した。



 立体的な光のホログラムを見た二人から、驚きの声がもれる。


「おお、すごい魔法だな! こんな魔法は見たことがないぜ」


「どんな魔法を使っているの!? ぜひ研究してみたいわ」



 アリシアが羨望の眼差しでステラを見る。


 そのスクリーンに、テセウスが小高い場所から遠くの景色を眺めている映像が流れる。同時刻には、少し離れた場所でアリシアたちが戦闘しているはずだ。



 しかし、テセウスにフォーカスした映像ではないので、それ以上の情報は出てこない。


 映像を見つめる二人の表情は、思いのほか重かった。



「う-ん、これだけでは何とも言えんな。テセウスがどの時刻に、どこを見ているのか分からない。この幻術の仕組みもよく分からんしな」


「この映像だけだとカズヤの訴えは保留せざるを得ないわね。嘘をついているとは思わないけど……」


 これだけでは、二人の気持ちを変えられない。



 カズヤは、さらに強弁しようと意気込んだ。


 先程の態度からも、テセウスは表と裏の顔をうまく使い分けているに違いないのだ。


「でも、奴が見ているのは絶対に……!」



 するカズヤの肩を、ステラがそっと触れる。


 冷静になったカズヤの視線の先には、じっと見つめるアリシアとバルザードの姿があった。


「……いや、何でもない。これ以上の証拠が出てきたら説明するよ」


 カズヤはがっくりと肩を落とした。



 よそ者がこれ以上意見を通そうとしたところで、変に疑われてしまう。相手はこの国の騎士団長。カズヤの立場が悪くなってしまうだけだ。


 カズヤは今回の件で、テセウスを追及することは完全にあきらめた。



「カズヤの懸念は覚えておくわ。今回の戦闘は誰かが仕組んだ可能性もあるものね」


 アリシアが優しくフォローしてくれた。


 そして、何事もなかったかのように騎士たちは街の中へと進み始める。



 たが、その隊列の後ろで、カズヤの目には確かな闘志が宿っていた。


 自分がテセウスに殺されかけたことは間違いない。ブラッドベアによる襲撃もアリシアへの魔物の襲撃も、テセウスが関係している可能性が高いのだ。


 カズヤの正義感に火がついた。



 何とかして、奴に裏の姿があることを二人に伝えなければいけない。


(必ず奴の正体を暴いてやるぞ……!)


 心の底で、人知れずテセウスへの反撃を誓うのだった。

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