011話 獣人バルザード
しばらくすると魔物の脅威がおさまってきた。
戦闘が落ち着いてきたのを確認すると、アリシアがカズヤの方に走ってきた。
「……カズヤ、あなたカズヤよね!? ブラッドベアに襲われたのは大丈夫だったの!?」
アリシアに少し怪訝そうに尋ねられたカズヤは、自分が身体に密着したボディスーツに着替えていることに気が付いた。
汚らしいボロボロの服を着ていた自分が、おかしな服装で見たこともない乗り物に乗っていたので怪しまれたのだ。
「運よく崖の下に落ちて逃げのびたんだよ。その後に知らない男に襲われたけど……」
「とにかく無事で良かったわ! あの後、仲間と合流してすぐにカズヤを追い掛けたんだけど見つけられなかったの。小さな女の子も見つけられなかったし……」
あの後、仲間とともにカズヤを追い掛けてくれていたのだ。ちょうどその頃、カズヤは宇宙船のなかで治療されていたはずだった。
アリシアは、感謝の気持ちを込めてカズヤの手を握りしめた。
そのとき、アリシアの指先から肘にかけて、両腕に大きな火傷を負っていることに気が付いた。今まではローブに隠れて見えなかったのだ。
思いがけず傷跡が見えてしまったのか、アリシアは少し恥ずかしそうに腕を隠した。
カズヤは意外な事実に少し驚いたが、もちろんいきなり言及するつもりはない。
「……あの時、カズヤがブラッドベアの注意を引き付けてくれなかったら、間違いなく私はやられていたわ。本当にありがとう! 二度も助けてもらうなんて、いくら感謝しても、し足りないわね。是非お礼をしないと」
カズヤ自身も、アリシアに一度助けてもらったのだ。次はカズヤが助ける番だと感じただけだ。
それに、カズヤにとっては、ブラッドベアよりも後から襲ってきた男性騎士の方が気になっていた。ここにいる騎士たちも鎧姿なのだが、あの男とは鎧の意匠が少し違って見える。
「色々あったんだけど、最後はあの女性に助けてもらったんだ。実際にブラッドベアを倒したのも、このステラなんだよ」
ステラの方を一瞥しながら答える。ステラの助けがなければ何もできなかったことを、カズヤは当然のように自覚していた。
「いいえ、マスターの指示が無ければ助けていませんでした。マスターのおかげで間違いありません」
冷静な口調でステラがフォローしてくれる。
「えっ、あなたの方が彼女の上官なの!? とにかく、どちらにしても助かったわ」
「……それよりマスター、どうして彼女の言葉が分かるんですか?」
カズヤとアリシアとの会話を聞いていたステラが、怪訝そうな顔で尋ねてきた。
たしかにステラと意思疎通するのに、あれだけ時間がかかったのだ。カズヤが、アリシアとすらすら会話していることに違和感があるのだろう。
「それが、なぜだか分からないけど理解できるんだ。異世界チートかな?」
「いせかいちーと?」
ステラがいぶかし気な顔で首をかしげる。
「いや、冗談だよ。何かそういう魔法みたいな力があるかもしれないってことだ。そうか、ステラはアリシアが話している言葉は分からないのか」
ステラは宇宙船の中にいて、この星のことは何も分からないと言っていた。この世界の言葉を聞くのは初めてだろう。
「いいえ、すでに学習を始めています。幾つかのボットたちが、この先にある人間の都市を発見しました。情報収集を開始しているので、簡単な会話であれば理解できます。さっきのアリシアのアドバイスも聞き取れています」
そうだった。たしかにブラッドベアに魔法が効かないというアリシアの指示を聞いて、武器を持ち替えていた。すでにステラは、アリシアたちと同じ言葉を話している。
相変わらずの学習能力の高さに呆れてしまった。
「カズヤ。助けてもらったばかりで申し訳ないんだけど、ブラッドベアがもう一匹いるはずなの。あの人だったら大丈夫だと思うけど、手伝ってもらえないかしら?」
「もちろんだ!」
カズヤたちは、急いでもう一匹のブラッドベアの方へと向かった。
確かに、こちらに来た時に二匹のブラッドベアが見えていた。まだもう一匹残っているはずだ。
アリシアたちと更に奥へと移動すると、まだブラッドベアやオークたちと戦っている騎士の集団がいた。
「……良かった、魔物の数もそんなに多くないわね」
アリシアが言うように数はそれほどでもない。不利を悟って逃げ出す個体もいた。
その中で、たった一人でブラッドベアと戦っている戦士がいる。
その姿にカズヤは驚いた。
(……こ、これは獣人と呼ばれる種族ではないのか!? 魔法だけでなく、こんなファンタジー世界の住人もいるのか!)
その戦士は槍を持って二足歩行で直立しているのだが、狼のような顔をしているのだ!
身長は2m以上ありそうな大柄で、人間の兵士と同じような鎧を身にまとっていた。黒とグレーが混ざった美しい毛並みが波打っている。頭頂部からは尖った耳が突き出していて、顎から鋭い牙が威嚇するようにのぞいていた。
黄色い目はらんらんと光っていて、指先には鋭い爪が生えている。そして、身体からは電気のような波動が飛び交っていた。魔物と対峙する動きは、人間と違ってかなり俊敏だ。
その戦士が、圧倒的な手数でブラッドベアを追い詰めている。
カズヤは、アニメやゲームの世界の住人の存在に興奮を隠せなかった。
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