007話 獣人バルザード
カズヤは、アリシアの指先から肘にかけて、両腕に大きな火傷を負っていることに気が付いた。
今まではローブに隠れて見えなかったのだ。
全体が茶色がかって固くなった肌には、激しい火傷の痕が残っている。なぜこれほどの大怪我を負ったのか想像つかなかったが、言語に絶する痛みを経験したに違いない。
思いがけず傷痕を見せてしまったのか、アリシアはあわてて腕を隠す。
カズヤは意外な事実に少し驚いたが、もちろんいきなり言及するつもりはない。
「あの……あの時、カズヤがブラッドベアの注意を引き付けてくれなかったら、間違いなく私はやられていたわ。本当にありがとう。今回をふくめて二度も助けてもらうなんて、いくら感謝しても足りないくらい。是非お礼がしたいわ」
カズヤ自身も、アリシアに一度助けてもらった。次はカズヤが助ける番だと感じただけだ。
それにカズヤにとってはブラッドベアよりも、後から襲ってきた男性騎士の方が気になっていた。
ここにいる騎士たちも鎧姿なのだが、あの男とは鎧の意匠が少し違って見える。
「色々あったんだけど、最後はこの女性に助けてもらったんだ。乗り物や武器を貸してくれたのも、このステラなんだよ」
ステラの方を一瞥しながら答える。
ステラの助けがなければ自分ひとりでは何もできなかったことを、カズヤは自覚していた。
「いいえ、私はカズヤさんの指示が無ければ助けていません。カズヤさんのおかげで間違いありません」
淡々とした口調でステラがフォローしてくれる。
「……それよりカズヤさん、どうして彼女の言葉が分かるんですか? この世界では無いところから来たんですよね」
カズヤとアリシアとの会話を聞いていたステラが、いぶかしげに尋ねてきた。
たしかにステラと意思疎通するのに、あれだけ時間がかかったのだ。カズヤが、アリシアとすらすら会話していることに違和感があるのだろう。
「それが、なぜだか分からないけど理解できるんだ。異世界チートかな?」
「いせかいちーと?」
ステラが細い首をかしげる。
「いや、冗談だよ。何かそういう魔法みたいな力があるかもしれないってことだ。そうか、ステラはアリシアが話している言葉は分からないのか」
ステラは宇宙船の中にいて、この星のことは何も分からないと言っていた。この世界の言葉を聞くのは初めてだろう。
「いいえ、すでに学習を始めています。幾つかのボットたちが、この先にある人間の都市を発見しました。情報収集を開始しているので、簡単な会話であれば理解できます。さっきのアリシアのアドバイスも聞き取れています」
そうだった。
たしかにブラッドベアに魔法が効かないというアリシアの指示を聞いて、武器を持ち替えていた。すでにステラはアリシアたちと同じ言葉を話している。
相変わらずの学習能力の高さに呆れてしまう。
「カズヤ、助けてもらったばかりで申し訳ないんだけど、ブラッドベアが森の奥にもう一匹いるはずなの。倒すのを手伝ってもらえないかしら?」
「そうか、まだもう一匹いたな。もちろんだ!」
確かに、こちらに来た時に三匹のブラッドベアが見えていた。まだもう一匹残っているはずだ。
カズヤたちは、最後のブラッドベアの方へと急いだ。
*
更に戦場の奥へと移動すると、まだブラッドベアやオークたちと戦っている騎士の集団がいた。
「……良かった、魔物の数もそんなに多くないわね」
アリシアが言うように数はそれほどでもない。不利を悟って逃げ出す個体も多くなっていた。
その中で、たった一人でブラッドベアと戦っている戦士がいるのが目に入った。
カズヤはその姿を見て、我が目を疑った。
その戦士は二足歩行で直立していて、なんと狼のような顔をしているのだ。
(……こ、これは獣人と呼ばれる種族ではないのか!? 魔法だけでなく、こんなファンタジー世界の住人もいるのか!)
カズヤは、アニメやゲームの世界の住人の存在に興奮を隠せなかった。
身長は2m以上ありそうな大柄で、人間の兵士と同じように鎧を身にまとい槍を持っていた。
濃淡の紫が混ざった美しい毛並みが波打っている。犬型の頭頂部からは尖った耳が突き出ていて、顎から鋭い牙が威嚇するようにのぞいていた。
目はらんらんと光っていて、指先には鋭い爪が生えている。そして、身体からは電気のような波動が飛び交っていた。
魔物と対峙する動きは、人間と違ってかなり俊敏だ。
その戦士が、圧倒的な手数でブラッドベアを追い詰めていた。
「彼はバルザードというのよ。近接戦が得意なの、この様子なら大丈夫ね」
獣人の姿に驚いているカズヤを見て、アリシアが教えてくれる。
動きが鈍くなったブラッドベアは、ついに向きを変えて逃げ出した。
バルザードが、その背中に槍を突き立てる。
ブラッドベアは大きな叫び声を響かせると、地響きをたてて崩れおち、ついに動かなくなった。
バルザードは倒した魔物を満足そうに見下ろした。
やがて、戦闘を終えたバルザードがこちらの存在に気が付いた。
アリシアの姿を見つけると、安心したように走り寄ってくる。
「……姫さん、ご無事でしたか!」
カズヤは獣人が人間と同じ言葉を発したことに驚いた。
そして何より……
「お、お姫様!?」
アリシアに向かって「姫」と呼んだのだ。
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