007話 ザイノイド

 

「それでは、情報処理と記憶力を高めるために脳だけでも入れ替えませんか。90%超の確率で人格は変わってしまいますが」


 ステラがさらりと恐ろしいことを尋ねてくる。


「いやいや、それならいいよ! なんか自分では無くなりそうで怖いだろ」


 人格まで変わってしまったら、もはや自分ではなくなってしまうと思うのだが。



「分かりました。ちなみにお顔がイマイチだと思いましたが、愛着があったら困ると思って変えていません。変更も可能ですが、どうしますか?」


「……いや、このままでいいよ。ありがとう……」


 顔がイマイチなのは自覚している。


 もう、親切なのか失礼なのかよく分からなかった。



「……ところで、マスターはどうしてこんな所にいたのですか?」


 ステラに尋ねられて、カズヤは我が身に起こったことを思い返す。


 だが、やはりうまく説明できない。



 気が付いたら川辺に横たわっていて、この世界に住む魔法使いのような女性に出会い、熊のような魔物に襲われて逃げ出したら、最後は見知らぬ男に斬りつけられたのだ。


 自分でも何がなんだかよく分からない。


 とりあえず自分なりに出来事をまとめながら、身振り手振りをつかって一生懸命ステラに説明してみた。




「……だいたいの経緯は分かりました。それではマスター、私に次の行動を指示して下さい」


「えっ!? いきなり指示と言われてもな……。俺もここのことは何も知らないし」


 急に上官になって指示を出せと言われても、指示することにも慣れていない。



「では、この星を調査することから始めますか?」


「調査……になるのかな、自分の置かれた状況を少し整理したい」


 漫画やアニメを見て育ってきたカズヤだったが、さすがに頭と心の整理が必要だった。



「分かりました、マスター。ご協力します!」


 ステラは少しだけ嬉しそうに返事をした。


 人形のような顔に初めて感情らしい動きが見えた。300年も独りだったみたいだし、暇だったのだろう。


 やることができて、生き生きし始めたようにも見える。



「それで、調査といっても具体的にどうするんだ?」


「この船には調査用のボットたちがいます。それらを使って調べましょう。まずは地形や大気の状態を調べるためにF.A.フライトアングラーを飛ばします」



 壁の扉が開いて、縦横1mくらい厚さ30cmほどの座布団型の物体が音もなく宙に浮きながら入ってきた。


 元の世界のドローンに近い気がするが、プロペラが付いていないにも関わらず浮遊している。



「こんなのを見たの初めてだ。空を飛ぶ原理は何なんだ?」


「反重力です。重力調節機構と言ってもいいです。自身に掛かる重力を強めたり弱めたりしているだけです。まずは数十機ほど飛ばします」



 何を言ってるんだか分からないが、とりあえず音もなく飛べるのは素晴らしい。


 ステラが説明し終わると、宇宙船の一部が自動的に開いてF.A.フライトアングラーが飛び立っていった。



「その他に、このボットたちも使いましょう」


 ステラの手の中には、虫のような物体が載っていた。


「な、何だそいつは!? 蚊か?」



「私だって蚊は嫌いですよ。もちろん私が刺されることはありませんが……」


 ステラが嫌がるそぶりをして顔をしかめた。感情的な表現も、人間と比べて何も違和感を感じない。



「これは虫型サイズの『バグボット』という調査用ボットです。マスターの話だとこの世界には他の人間種もいるようなので、その生活を調査させます。とても小さいので、気付かれずに探索するのに向いています」



「こんなに小さいのに調査できるのか!?」


「情報収集なら何でもできますよ。映像でも音声でも収集できますし、映像や音を出すこともできます。この世界での言葉や生活、文明レベルを探らせましょう」


 どうやら小さいのに、とんでもなく優秀のようだ。



「こいつは何体いるんだ」


「調査用なのでたくさんあります。この子たちには全員名前がついているんですよ。マスターに紹介しますか?」


「そ、そうなんだ、とりあえず遠慮しておくよ……」



 思いがけない発言に少し驚く。


 ステラにも意外と可愛らしい面があるのかもしれない。何百年も宇宙船に一人でいたら、全員に名付けするくらい暇だったのだろうと同情する。



「それでは周辺に100機ほど飛ばしてみます。結果が分かり次第、報告します」


 言い終わると再びドアが開いて、手元の一体がまず出ていった。間もなくして他の仲間たちも一斉に放出されていった。




 ボットたちの調査結果を待つ間に、カズヤは疑問に思っていたことをステラに尋ねてみた。


「ザイノイドの身体はどうやって動いてるんだ? 電源のような物は見当たらないけど……」



「でんげん、ですか? 胸元のエネルギーコアを交換するだけです。この世界の時間に合わせると、約90日ごとに取り替えます」


 エネルギーコアという、電池のような物で動いているのか。90日ごとで済むのなら、燃費は悪くない。



「それじゃあ、そのエネルギーコアが無くなったら大変だな」


「調査の予定期間が何百年もあるので予備はたくさんありますし、宇宙船で補充することもできます。ご覧になりますか?」


 ステラはエネルギーコアを見せるために、胸のボディスーツを開けようとした。

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