006話 カズヤ、マスターになる


「そうだ、俺を治療してくれたのは君なのか? 右腕が機械のような部品に変わってしまってるんだけど……」


 カズヤは、一番気になっていたことを尋ねる。



「はい、そうです。大量に出血していて、そのままだと命を失う危険性があると判断しました。身体が壁に叩きつけられたので咄嗟にかくまい、すぐに治療を始めたのです。右腕は問題なく使えるはずですが、いかがですか?」



「ああ、たしかに大丈夫そうだ。……でも、元の右腕に戻すことはできないのかな?」


「切り離された右腕は回収できず、残念ながら既にその場から無くなっています。生体の右腕を培養するのは時間がかかるので、代わりにザイノイドの部品を移植しました」


 右腕は動物か魔物にでも食べられてしまったのだろうか。ロボットを作る技術があっても、人間の右腕を瞬時に作り出すことは流石にできないのか。



「そうなんだ……。でも、右腕が無くなったのはショックだけど、治療してくれたことは感謝するよ。全身の傷も治っていたし。勝手に俺を助けても良かったのか?」


「問題ありません。作戦上の敵でない限り、ザイノイドには人間種の命を救う義務があります。それに私は、人間種を殺せないようにプログラムされていますから」



 ザイノイドには、そんな制約があるのか。デルネクス人とかいう人間たちは、ロボットの活動をかなり制限していたようだ。


 もちろん、そのおかげで命を助けられたので文句を言うつもりはない。



「ご挨拶が遅れました、私は個体名『ステラ』と呼ばれている第7世代ヒューマノイド型乗組員です。マスターの指示に従いますので、ご用があればなんなりとお申し付けください」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。『マスター』っていうのは俺のことか!?」



「もちろんです。重大な決定の際には、私たちザイノイドは人間の指示に従うようにプログラムされています。この宇宙船にいたデルネクス人は、地上への落下によって全員亡くなっています。船内にいる人間はあなただけです。マスターのお名前を教えて下さい」



「俺の名前はカズヤというんだが……。教えてくれ、ここはどこなんだ? 何故俺はこんな所にいるんだ!?」


「ここがどんな惑星なのか私にも分かりません。私たちはこの惑星を調査する為に宇宙船でやってきました。しかし調査開始直後に、何らかの原因で墜落してしまったのです。ほとんど何も調べる時間が無かったので、この星のことは私にも分からないことばかりなのです」


 どうやらこの世界の事情が分からないのは、このステラという女性も同じようだ。



「その宇宙船が墜落したというのは、いつ頃の話なんだ?」


「この星の周期で300年ほど前のことです。宇宙船が墜落してから私は一人でここにいました。この船に初めて近付いてくれた人類が、マスターなのです」



「ええっ、君は300年間もここに一人でいたの!? 宇宙船の外には出なかったのか?」


「宇宙船の外に出るのは重大な決定に当たります。私一人で決めることはできません」


 この狭い宇宙船のなかで、300年間も一人でいることが想像できない。カズヤはそんな孤独に耐え続けられる自信がなかった。



「でも、俺は宇宙船に近付いたつもりはなかったんだけど……」


「墜落原因が不明だったので、念のため宇宙船を周囲の環境に合わせて擬装していました。さらに長い年月が経ったので、地形と船体との見分けが付かなくなっていたかもしれません」


 ひょっとしたら、崖の下の行き止まりに思えた人工物が、落下した宇宙船だったということか。



「それにしても、治療していてマスターの身体があまりにも脆弱で驚きました。そのような身体だと、数十メートル程度の高さから落ちただけで死んでしまいます。安全のために全身をザイノイドに移植するのは如何ですか?」


 数十メートル程度!?


 普通はその高さから落ちたら、死んで当たり前だと思うのだが。宇宙基準だと脆弱になるんだろうか。



「でもさっきの話だと、全身がザイノイドになったら人間の指示に従わなければいけないんだろ?」


「元が人間種であれば問題ありません。デルネクス人たちも、病気や事故のたびに身体をザイノイド化していました」



 生まれが人間かロボットかによって、人権的なものが違ってくるということか。


 少し問題がある気もするが、別に地球の話でもない。デルネクス人とやらは、そういう社会だったのだろう。



「ちなみに移植ってことは、すでにザイノイドの身体が用意されてるのか?」


「うつわとなる身体が何種類か保存されています。右腕のように一部分だけでも可能です」


 ステラが積極的に移植を勧めてくる。



 だが、カズヤはその気にはなれない。


 せっかく健康な身体に治してもらったのに、あえて手術までしてこれ以上機械化しようとは思えない。



「いや、治療してもらったばかりだし、このままでいいよ」


「それでは、情報処理と記憶力を高めるために脳だけでも入れ替えませんか。90%超の確率で人格は変わってしまいますが」


 ステラがさらりと恐ろしいことを尋ねてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る