004話 ステラ
カズヤは長い夢を見ていた。
自分の半生が走馬灯のように流れていく。カズヤの人生は、まさに平凡という言葉が似合う、特筆すべきことが無い人生だった。
カズヤには母親がいなかった。正確にいうと、小学生の時に交通事故で亡くしていた。
中学を卒業する頃まで一人だった父親は、高校生になると新たな恋人を作った。そして、就職すると同時に再婚して、新たな家族を作った。
だから、カズヤには帰りたいと思える実家が無かったのだ。
カズヤ自身も幼少期からたいした取り柄が無く、運動は苦手ではなかったが得意というわけでもなかった。なんとなく所属していたサッカー部ではトラブルに巻き込まれ、最後までレギュラーになることは無かった。
勉強も得意なわけではない。クラスの最下位を争うほど悲惨ではないが、決して上位にいるわけでもなく、自慢できるような成績を残したことは一度もない。ゲームやアニメは好きだったが、友だちに語るような熱意もない。
要するに影が薄い少年だったのだ。
学校を卒業してしまうと、クラスにそんな生徒がいたことを忘れられるような存在だった。その境遇は就職先の会社でも同じだった。
極めて平均的な成績を残し、大きな成果や爪痕を残すことは無かった。
ブラックな職場だったので、家に帰れるのはいつも日付が変わってからだ。先輩や同僚にも馴染めていなかい。
こうした平凡な生活は、カズヤにとって少しだけの安心感を与えていた。だが、心の奥底では、新たな出会いや刺激的な冒険が訪れることを密かに願っていたのかもしれない。
知らない世界で目覚めたときに、何か冒険の始まりのような興奮をかすかに感じていたのを、カズヤは否定できなかった。
でも、だからといって、気付いたら傷だらけで何の能力も持たず、森の中で恐ろしい魔物に追い掛けられ、見知らぬ騎士に殺されそうになるのは、少しやり過ぎだ。
これは日本では決して起こるはずがない事件で、なにか悪い夢を見ているだけかもしれないのだ……。
*
そんなことをぼんやり考えながら、カズヤはうっすらと目を覚ました。どれくらい意識を失っていたのか分からない。
目を開けると知らない部屋の固い台の上に寝転んでいた。
驚いたことにあれほどの大怪我をしたはずなのに、ほとんど痛みを感じなかった。
出血や骨折が残っていてもおかしくはない。しかし、そんなことは何も無かったかのように、痛みは残っておらず身体を動かすことができた。
しかし、斬り飛ばされたはずの右腕には違和感を覚える。
痛みはないのだが、いつもの感覚と違っていた。温度や圧力は分かるのだが、自分の腕ではないように感じる。
カズヤは、自分の右手のひらを見て驚いた。
肌は人間のような温かさや柔らかさがあるのだが、手首から入り組んだ機械のような精緻な部品が見えている。
自分の右腕は、機械の義手に変えられてしまったのだ……!
「まさか、腕を無くしてしまうなんて……」
カズヤは、わが身の不運を嘆く。だが、自分の記憶では右腕はばっさりと斬り飛ばされてしまっている。
腕を拾ってきたところで、同じようにくっつくとは思えなかった。気を失っている間に、痛みもなく精巧な義手に治療してもらったのなら、むしろ有難いことなのかもしれない。
「かなりショックだけど、仕方ないことなのか……」
カズヤは、これまでの出来事が夢かもしれないと思っていた。
だが意識を失って目覚めたのに、夢から醒める気配はない。
右腕が変わっているということは、オークや熊の魔物に襲われたり、アリシアや襲ってきた騎士に出会った体験は、やはり現実なのだ。
着ている物を確認すると、泥で汚れたボロボロの服は密着したウェットスーツのような服に着替えさせられている。
まるでスキューバダイビングの時に着るような服装だった。
「誰が治療してくれたんだろうか?」
横たわっていた部屋を見回すと、病院みたいな雰囲気で金属的で無機質な壁に囲まれている。
何かの計器が光っていたが、そこに表示されている文字や記号が何を表しているのか分からなかった。
そんなことをカズヤがぼんやり考えていると、不意に奥の壁がフッと消えた。
そして、青色の髪の美しい女性が、こちらに向かってゆっくりと歩いてきた。
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