003話 瀕死

 

 カズヤは背中を向けると、ブラッドベアと反対の森の奥へと一気に走り出した。



 突然走り出した獲物――カズヤに、魔物も本能で引き寄せられる……!


 後ろを振り返ると、こちらに向かって走り出したブラッドベアの姿が目に入った。


(とにかく全力で逃げよう!!)



 カズヤは樹木の間を巧みにすり抜けながら必死に逃げ出した。


 地面は不規則な起伏で邪魔をしてくる。今度はオークの時のように無様に転ぶ訳にはいかない。


 ブラッドベアの凶暴な咆哮が何度もカズヤの耳に届く。その声が聞こえるたび背筋に寒気が走った。視線を後ろに向けず、ただ一心に前を見据えて走り続ける。



 後ろから樹々をなぎ倒す音が聞こえてくるが、カズヤはわざと樹々の狭いところや、岩陰になるような場所を選びながら走った。


 息が急速に荒くなって心臓の鼓動が激しく聞こえてくる。胸は燃えるような息苦しさでいっぱいになり激しく疲弊してくる。



(……くそ、このままでは追いつかれるぞ!!)


 先ほどよりも近い、真後ろに魔物の足音を感じる。


 カズヤは覚悟を決めて、更に道が険しい方を選んで走った。足元が見えない深い森の中を駆け抜けていく。




「あっ……!?」


 突然、地面からの支えが無くなった。


 足元を見ると小さな崖が目に入る。前方の確認不足のせいだ。



 そのままカズヤの身体が崖の下に落ちていく。崖に生えている樹々や凹凸に、身体をひっかけながら転がっていく。


 枝や草にもみくちゃにされながら崖の下まで落っこちた。大きな草むらにぶつかって身体が止まる。



 幸いなことに樹々や枝にぶつかったおかげで勢いは激しくない。大怪我にはならずに済んだようだ。


「……いてて、さらに擦り傷が増えてしまったな」


 カズヤは痛む箇所をさすり、隣の木につかまりながら立ち上がった。



 崖の縁を見上げると魔物が下を見て覗き込んでいる。


 崖の高さは15m以上はありそうだが、ブラッドベアが降りてきたら逃げ場はない。カズヤは身構えたまま睨みつけた。


 とてつもなく長い時間が過ぎたように感じた。




 ……やがて魔物は大きな咆哮をあげると、背を向けて森のなかへと引き返していった。


「助かった……」


 ホッと脱力して地面にしゃがみ込んだ。



 魔物の気を引いて逃げ出すなんて無茶だったかもしれない。


 しかし、目の前で女性が襲われるのを黙って見ている訳にはいかない。怪我は増えたがお互い命は助かった。


 自分が成し遂げたことに、カズヤはひとり満足していた。




 ひとまず安心して自分がいる場所を見回してみる。


 すると、反対側の壁がまるで人工物のように加工されていることに気が付いた。遠目には金属のように見える。



 だが近付いて触れてみると、意外に柔らかくて粘土質に近い。ところどころにつなぎ目もあった。


「こんな森の奥に、建物でも作ったのかな?」


 カズヤはあちこちの壁を触って確認してみた。



 すると不意に、背後から突き刺すような声をぶつけられた。


「くそ、余計な邪魔をしおって……!!」



 振り返ると、いつの間にか銀髪の男性がこちらを向いて立っている。


 気配を完全に消していたのか、カズヤは近づかれるまで全く気が付かなかった。騎士のような鎧姿で、目が黄色っぽいヘーゼルカラー。


 30代くらいの精悍な顔立ちの男だ。



 相変わらず相手の話している言葉は通じる。しかし、今度はアリシアのときと違って友好的な雰囲気は一切感じられない。明らかな敵意を持ってカズヤを睨みつけていた。


 カズヤは思わず身構えた。


「奴をおびき寄せるのに、どれだけ苦労したと思っている! お前はいったい何者だ!? 」


 男は怒気を含んだ声を放つ。



 おびき寄せたというのはアリシアのことか、それとも魔物のことか。


 どちらにしてもカズヤに悪意を持っていることは間違いなかった。


 カズヤは言い訳をしようとするが、何から話したら良いのか分からなかった。なぜ自分がここにいるのか、先ほど出会った女性は誰なのか、何一つうまく説明できないからだ。



「邪魔をした罪をつぐなえ!!」


 男はカズヤの言い分を聞く耳は持ってはいなかった。背中に下げた剣を抜くと、殺気をまとってカズヤに襲い掛かってくる。



「くそ、魔物が終わったら、今度は人間か。何でこんな目に……」


 せっかく魔物から逃げ切ったかと思えば、今度は人間に襲われる。しかも今度は不意をつかれたため、相手との距離が近すぎた。


 カズヤの左腕を剣がかすめる。薄く切られたところから血が流れた。



「いててっ! おい、本気で殺すつもりかよ!?」


 怪我をした左腕をかばいながら、カズヤは背中を向けて逃げ出そうとする。


 しかし、崖の下はせまく、目の前には人工物のような高い壁しかない。男はカズヤを追い詰めたことを確信すると、剣を握り直して距離を詰めてくる。



 おびえて後ずさりするカズヤの右腕を、男が思い切り斬り上げる。


 鋭い剣が右腕に当たると、容易く斬り飛ばされた。


「ぐあっっっ!!」


 カズヤの右腕の肩から下がばっさりと無くなって、周囲に大量の血が飛び散った!




 斬られた勢いで、カズヤは壁に打ち付けられる。


(何もわからないまま、俺はこのまま死ぬのか……)


 自分の死を覚悟すると、カズヤの意識は暗闇のなかへと沈んでいった。

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