003話 オーバーテクノロジー
「※※※※※※※※※、※※※?」
女性がカズヤに向かって言葉のようなものを発する。
しかし、何と言っているのか分からない。アリシアや騎士の時には不思議と理解できたが、
今度は一度も聞いたことが無い言葉だ。
カズヤは、意味が分からない、といった風な動作をしてみる。
それを見た女性は、ニュアンスを変えながら色々な言葉を発声する。しかし、どれも聞き覚えが無い。
英語やフランス語、中国語くらいなら、意味は分からなくても種類くらいは判断できる。だが、そのどれとも似ていなかった。
カズヤに対して言葉が何も通じないと分かると、女性は少し考え込むように押し黙った。
しばらくすると青髪の女性は、カズヤの目の前に大きく手をかざしてみせた。すると、アニメやゲームで見るような3Dホログラムのスクリーンが、空中に映し出された。
カズヤが驚いてスクリーンを眺めていると、女性が何かを発声した。ホログラムには人間の身体の一部の映像がうつし出される。
その映像を見ながら、女性はカズヤに口を動かすジェスチャーをした。
(この名前を言えというのか?)
カズヤは女性の指示通り、映し出された箇所の名前を日本語で答えた。
女性は深くうなずくと、今度は次の言葉を発する。すると別の映像が映し出され、その都度カズヤに答えるように促していく。
(まさか、これで言葉を覚えるつもりなのか……!?)
女性が映し出すホログラムのスクリーンには、人間や動物、日常生活で使う道具や見たこともない映像が次々と映し出された。
カズヤは分かる限りの語彙で一生懸命に答えた。
写真のような映像が終わると、今度は短い動画が流れて、一連の流れを文章で説明するように促された。これで文法や言葉の組み立てを学んでいるのかもしれない。
何かの心理テストをやらされている気持ちで、カズヤは指示されたとおりに答え続けた。
体感で30分ほど経っただろうか。
ひと通り映像による作業を終えると、女性はあらたまった様子でこちらに向き直した。
「……私の言っていることは分かりますか?」
青髪の女性は完璧な日本語を話し始めた。
(本当にこの短時間で学習したのか!!)
イントネーションは少しおかしいが、十分に理解できる。こんなに短時間で学べるのなら、この程度の違和感はすぐに修正してしまうだろう。
「あ、ああ、分かるよ。君は本当に、この短時間で日本語を話せるようになったのか!?」
「まだ不自然な部分があるかもしれませんが、大体は伝わるずです。あなたが知っている分類でいうと私はロボットにあたるので、言語分析は得意な方なのです」
「えっ、君はロボットなのか!?」
「私の星ではザイノイドと呼んでいます。広い意味では、身体の一部でも機械にすることをザイノイドと呼びますが、私の場合は生まれたときから機械で作られたザイノイドです。少なくとも生物上の人間ではありません」
女性は落ち着いた様子で説明する。
自然な表情と動きを見ていると、どう見ても人間にしか見えない。言動にロボットらしさは微塵も感じなかった。
よく見ると、関節部分から機械らしき部品が見えている。人間離れした知力と、人形のような端正な美しさも、あえて言うのならロボットらしいといえる。
しかし、全体的な見た目は人間の女性みたいで違和感はない。
こんなにも科学技術が進んだ世界があるのか。
「とにかく襲われていたところを助けてくれて、ありがとう。俺の名前はカズヤというんだ。あのままだったら命を落としていたよ」
「どういたしまして。戦術的な敵でない限り、ザイノイドは人間種を助けることになっています」
どうやったのか分からないが、この女性がカズヤを助けてくれたみたいだ。
「ご挨拶が遅れました、私は個体名『ステラ』と呼ばれている第7世代ヒューマノイド型乗組員です。ひとまず、人間であるカズヤさんの指示に従いますので、ご用があれば何なりとお申し付けください」
「な、何だって。ちょっと待ってくれ。ひとまず人間の指示って……。出会ったばかりの俺が君に指示するのか?」
自らをロボットだと主張する女性が指示を出すように促してくる。あまりにも急な展開に、カズヤはついていけなかった。
「もちろんです。重大な決定の際には、私たちザイノイドは人間の指示に従うようにプログラムされています。この宇宙船にいたデルネクス人は、地上への落下によって全員亡くなっています。船内にいる人間はあなただけです」
「宇宙船って、ひょっとしてここが宇宙船の中なのか!? そんな物に近付いたつもりはなかったんだけど……」
「墜落原因が不明だったので、念のため宇宙船を周囲の環境に合わせて擬装していました。長い年月が経ったので、地形と船体との見分けが付かなくなっていのたかもしれません」
もしかしたら、ブラッドベアに追いかけられて落っこちた崖の下にあった人工的な壁が、落下した宇宙船だったのかもしれない。
そこから救い出してくれたのか。
「そうだったのか……そうだ。それより、ここはどこか教えてくれないか? なぜ俺はこんな世界にいるんだ!?」
「ここがどんな惑星なのか私にも分かりません。私たちは300年程前にこの惑星を調査するために、星間探査船と呼ばれる宇宙船でやってきました。しかし調査開始直後に、何らかの原因で墜落してしまったのです。ほとんど何も調べる時間が無かったので、この星のことは分からないことばかりなのです」
状況が少しでも判明するのでは、という期待はもろくも外れてしまった。この世界の事情が分からないのは、このステラという女性も同じだ。
「宇宙船が墜落してから私は一人でここにいました。この船に初めて近付いてくれた人類が、カズヤさんなのです」
「ええっ、ということは君は300年間もここに一人でいたの!? 宇宙船の外には出なかったのか?」
「宇宙船の外に出るのは重大な決定に当たります。私一人で決めることはできません」
この狭い宇宙船のなかで、300年間も一人でいることが想像できない。カズヤはそんな孤独に耐え続けられる自信がなかった。
「それにしても、治療していてカズヤさんの身体があまりにも脆弱で驚きました。そのような身体だと、数十メートル程度の高さから落ちただけで死んでしまいます。安全のために全身をザイノイドに移植するのは如何ですか?」
数十メートル程度!?
普通はその高さから落ちたら、死んで当たり前だと思うのだが。宇宙基準だと脆弱になるんだろうか。
「いや、治療してもらったばかりだし、このままの身体でいいよ」
ステラは積極的に移植を勧めてくるが、カズヤはその気にはなれなかった。
せっかく健康な身体に治してもらったのに、あえて手術までしてこれ以上機械化しようとは思えない。
「それでは、情報処理と記憶力を高めるために脳だけでも入れ替えませんか。90%超の確率で人格は変わってしまいますが」
ステラはさらりと恐ろしいことを尋ねてくる。
「いやいや、それならいいよ! なんか自分では無くなりそうで怖いだろ」
人格まで変わってしまったら、もはや自分ではなくなってしまうと思うのだが。
「分かりました。ちなみにお顔がイマイチだと思いましたが、愛着があったら困ると思って変えていません。変更も可能ですが、どうしますか?」
「……いや、このままでいいよ。ありがとう……」
顔がイマイチなのは自覚している。
もう、親切なのか失礼なのかよく分からなかった。
「ところで、カズヤさんはどうして襲われていたのですか?」
ステラに尋ねられて、カズヤは我が身に起こったことを思い返す。
だが、やはりうまく説明できない。
気が付いたら見知らぬ川辺に横たわっていて、魔法使いの女性に出会い、熊のような魔物に襲われて逃げ出したら、最後は騎士の男に斬りつけられたのだ。
自分でも何がなんだかよく分からない。
とりあえず自分なりに出来事をまとめながら、身振り手振りをつかって一生懸命ステラに説明してみた。
「……だいたいの経緯は分かりました。それではカズヤさん、私に次の行動を指示して下さい」
「えっ!? いきなり指示と言われてもな。俺もここのことは何も知らないし......」
やはりカズヤが指示を出さなければいけないようだ。
しかし、急に上官になって指示を出せと言われても、部下に命令することにすら慣れていない。
ただ、もし希望があるとすれば、自分を襲った男を捕まえたい気持ちはある。
こちらの事情も聞かずに問答無用で斬りかかってきた、あの男をカズヤは許すことはできなかった。
「では、この星を調査することから始めますか?」
「調査……になるのかな、自分の置かれた状況を少し整理したい」
漫画やアニメを見て育ってきたカズヤだったが、さすがに頭と心の整理が必要だった。
「分かりました、カズヤさん。ご協力します!」
ステラは少しだけ嬉しそうに返事をした。
人形のような顔に初めて感情らしい動きが見えた。300年も独りだったみたいだし、暇だったのだろうか。
やることができて、生き生きし始めたようにも見える。
「それで、調査といっても具体的にどうするんだ?」
「探査船だったこの船には調査用のボットが多数あります。それらを使って調べましょう。まずは、このボットたちを使います」
ステラの手の中には、虫のような物体が載っていた。
「な、何だそいつは!? 蚊か?」
「そんな訳ありません、私だって蚊は嫌いですよ。もちろん刺されることはありませんが……」
ステラが少しだけ嫌がるそぶりをして顔をしかめた。感情的な表現も、人間と比べて何の違いも感じない。
「これは虫型サイズの『バグボット』という調査用ボットです。地形や大気の状態を調べたり、この世界にいる人間種の生活を調査させます。とても小さいので、気付かれずに探索するのに向いています」
「こんなに小さいのに調査できるのか?」
「情報収集なら何でもできます。映像でも音声でも収集できますし、逆に出すこともできます。この世界での言葉や生活、文明レベルを探らせましょう」
どうやら小さいのに、とんでもなく優秀のようだ。
「こいつは何体いるんだ」
「調査用なのでたくさんあります。ちなみに、この子たちには全員名前がついているんですよ。この子はピオルで、あの子はソフィカです。その向こうにいるのが――」
「だ、大丈夫だ……よく分かったよ」
思いがけない発言にカズヤは少し驚いた。人形のようなステラにも、意外と可愛らしい面があるのかもしれない。
何百年も宇宙船に一人でいたら、全員に名前を付けるくらい暇だったのだろうと同情する。
「それでは周辺に100機ほど飛ばしてみます。結果が分かり次第、報告しますね」
言い終わると再びドアが開いて、手元の一体がまず出ていった。そして他の仲間たちも一斉に放出されていった。
ボットたちの調査結果を待つ間に、カズヤは疑問に思っていたことをステラに尋ねてみた。
「そのザイノイドの身体はどうやって動いてるんだ? 電源のような物は見当たらないけど……」
「でんげん、ですか? 胸元のエネルギーコアを交換するだけです。この世界の時間に合わせると、約90日ごとに取り替えます」
エネルギーコアという、電池のような物で動いているのか。90日ごとで済むのなら、燃費は悪くない。
「それじゃあ、そのエネルギーコアってやつが無くなったら大変だな」
「調査の予定期間が何百年もあるので予備はたくさんありますし、宇宙船で補充することもできます。身体の中をご覧になりますか?」
ステラはエネルギーコアを見せるために、急に胸のボディスーツを脱ぎ始める。
「ああ、大丈夫だよ! 話を聞けば分かるから!」
ステラの真っ白な肌が見えたので、カズヤは慌てて顔をそむけて遮った。羞恥心は人間とは違うのだろうか。 ステラは表情ひとつ変わっていない。
それにしても……、とカズヤは自分の心の変化に驚いていた。
ステラと会話を続けるうちに、ロボットでは無く普通の人間のように感じ始めていることに気が付いた。
人間のように好きなものや嫌いなものがある。自分が良いと思うことを提案してくる姿は、人間の行動と何の遜色もなかった。
さらにカズヤが質問を続けようとすると、急にステラが遮った。
「カズヤさん。先ほど放出したボットが、この近くで数十人ほどの人間種の集団を発見しました。おそらく、カズヤさんを襲ったのと同じ種類の魔物と戦っています」
どうやらステラは、こちらの会話と同時に幾つかの作業を並行して行っていたようだ。
ステラの話を聞いて、ブラッドベアに襲われていた魔法使いの女性・アリシアのことを思い出した。
カズヤの姿を見失ったあの魔物は、再びアリシアを追いかけるに違いない。
それだけではない。アリシアの命を狙っている謎の男もいる。あんな奴の思い通りにはさせたくはない。
このままでは、アリシアが危ない……!
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